わたしのON/OFF 明日に繋がるoff

わたしのON/OFF 明日に繋がるoff 小林 暁子 新潟大学医学部産科婦人科学教室 助教

私のON
 私が産婦人科に興味を持ったのは何と言っても手術でした。私が入局する平成13年という時代は、女医が外科系に入局することは非常に厳しい時代でありました。しかし、産婦人科にはとても魅力的な先輩方がそろっており、入局決定の時に私が素敵だと思った教授はエレガントな手術をするよう、若い先生に指導しておられました。いまでも私は美しい所作から美しい手術が生まれると信じています。内視鏡手術ではその美しい動きがうまく実現できるとき、達成感があります。
 わたしの今のおもな専門分野は骨盤臓器脱と小児泌尿生殖器疾患(cloacaや膣欠損、MRKHなど)です。多診療科にわたる小児泌尿生殖器疾患チームに参加し、症例ごとのカンファレンスをするときは、私の今までの診療実績が問われます。非常に楽しくディスカッションができることにやりがいを感じています。
内視鏡手術が得意だと自負しております。この日は後輩に手技を見せる日です。美しい手技になるよう細心の注意!。

内視鏡手術が得意だと自負しております。この日は後輩に手技を見せる日です。美しい手技になるよう細心の注意!

後輩とともにフランスIRCADで婦人科腫瘍における腹腔鏡につき勉強に行きました。

後輩とともにフランスIRCADで婦人科腫瘍における腹腔鏡につき勉強に行きました。

学生実習では分娩介助のミニレクチャーとしてファントムを使用したシュミレーションをします。分娩進行や新生児について理解を深められるよう内容を工夫します。

学生実習では分娩介助のミニレクチャーとしてファントムを使用したシュミレーションをします。分娩進行や新生児について理解を深められるよう内容を工夫します。

学生一人一人が分娩介助を行い、学生同士グループで評価します。吸引・鉗子分娩のデモンストレーションも行います。

学生一人一人が分娩介助を行い、学生同士グループで評価します。吸引・鉗子分娩のデモンストレーションも行います。

私のOFF
 充実したOFFを見せたいところですが、やはり自分の趣味を充実させる余裕はなく、子育てを必死に行っています。しかし時にそれもままならず、夫を主とした家族に支えてもらいながら生活を送っています。私の育児におけるこだわりは、愛情深くスキンシップを取り、存在を認めてあげること、自由に行動・着想できるようサポートすることです。
 子供がお友達を呼んでパーティしたいと言えば全力でサポートします。子供が習い事で躓いているときは全力でフォローします。子供と一緒に料理するのは逆に手間がかかることが多いですが、子供が楽しそうにしていると、頑張っちゃいます。手提げかばんをママに作ってほしい、ほつれた洋服をママに直してほしいと言われれば夜中にやります。しかしそれらは辛いことではなく、喜ぶ子供の姿を期待してわくわくしながらやります。子供との時間はかけがえのないものです。
  30歳代、私は仕事が楽しくなってすごく頑張りたいと感じ「人生の中に子供がいなくてもよいのではないか」と考えた時期がありました。その頃のボスにふとその話をしたところ、「生みなさい。人生も診療も豊かになる。」と言われました。そして、今その意味を深く深く感じています。私にとって子育ては「豊か」です。
医局の海開きバーベキューに参加。男女問わず医局員の子供たちも多数参加し、子供花火もしました。理解のある医局に助けられています。

医局の海開きバーベキューに参加。男女問わず医局員の子供たちも多数参加し、子供花火もしました。理解のある医局に助けられています。

おじいちゃんと、ろうそくの上昇気流で上にある羽が回るかどうか実験です。

おじいちゃんと、ろうそくの上昇気流で上にある羽が回るかどうか実験です。

私のON/OFF

 私が育った環境から今の私があると思います。父は産業用ロボットを開発・制作・販売する会社を経営し、母は会社で父を支えています。めまぐるしく変化する世界情勢に必死に食らいつくために、両親ともに険しい顔で忙しく仕事をこなしていました。しかし、その中でも母は日本舞踊、父は尺八でしっかりしたOFFの時間を設けていました。それぞれ名前をとり、最近は師範となって生徒さんを取るまでになりました。私はそんな常に向上心のある両親を尊敬し、追いつけるよう努力しています。 もし、可能であれば現在・これから修練を重ねていく若い産婦人科医の方々にも、私の姿を見てもらいたいと思います。明るく楽しくやりがいを持って人生を構築するきっかけとなり、役に立てれば幸いです。

2019年5月現在