日 時:平成20年5月23日(火)18:00~20:00
場 所:日本産科婦人科学会事務局会議室
出席者:倫理委員長:星合 昊
委 員:安達 知子、大川 玲子、久具 宏司、小林 重高、五味淵 秀人、齊藤 英和、
澤 倫太郎、白須 和裕、竹下 俊行、平松 祐司、増山 寿、矢野 哲、 渡部 洋
星合 昊委員長より挨拶があり、委員会が開始された。
【報告事項】
(諸登録)
齊藤英和委員より、登録調査小委員会におけるART諸登録について報告があった。
特に、登録について個別登録でなく一括登録を強硬に主張するART施設が少数あり、困惑している旨、報告がなされた。同時に、一括登録のしくみが生まれた背景や、個別登録を推進することとなった経緯などについて解説がなされた。このような主張をする施設は、年間実施数が1,000件程度の施設に見られるが、今後も粘り強く個別登録に理解を求めていくこととして委員会の同意が得られた。
(会議開催)
星合 昊委員長より、会議の開催について確認する報告がなされた。
(学術会議関連)
久具宏司委員より、日本学術会議における「代理懐胎に関する報告書」について「要旨」を元に、説明がなされた。
【協議事項】
(1)着床前診断審査小委員会からの照会事項について
着床前診断審査小委員会よりの1例に関する照会事項(資料2)が、渡部委員より説明された。
本症例は、過去に1度だけ自然妊娠が成立し流産した例であり、習慣流産、反復流産にはあたらない。しかし、クライエント夫の遺伝子診断により核型が二重均衡型相互転座(46,XY,t(1;10)(p13.1;q22.1),t(1;14)(q42.3;q24.3))であることが診断されており、今後の妊娠においても流産となり、習慣流産となる可能性が高い。クライエントの精神的負担を考慮した場合、特例として着床前診断を認可してもよろしいのではないか、というのが、着床前診断小委員会からの倫理委員会への照会事項である、と説明された。
この照会事項について、議論がなされた。
白須和裕委員:1回の流産のみでこのように遺伝子診断をすることがあるものなのか。極端なケースを考えれば、結婚前にあらかじめ遺伝子診断を受けておく、というようなケースの場合もあてはまることになるのではないか。そうなると、どこまで原則を拡げるのか、問題となる。
安達知子委員:この例では、初回の流産胎児の染色体分析をしたところ相互転座があって、そこから親の遺伝子診断につながった。このように初回流産の胎児の原因検索で染色体分析を行うことは少なくない。この例では、着床前診断を行って、はたしてどの程度正常児の獲得につながるかということがきちんとカウンセリングされているか、ということが小委員会では話題になった。提出書類からはカウンセリングした医師もその正確な頻度は把握していないようであった。おそらくこの人は次に妊娠しても流産を起こすであろう。
星合 昊委員長:この例は着床前診断をしても正常児が得られる可能性は低いのではないか。そうであるのに、流産既往1回でも着床前診断を認めるのか、ということが問題である。
白須和裕委員:二重均衡型相互転座というのが、わかっているのに、もう一度の流産が必要、というのも杓子定規ではないか。
矢野 哲幹事長:この遺伝子異常がわかってしまっている以上、着床前診断を受けるのはしようがないのかな、と思われる。
星合 昊委員長:そうすると、たとえ流産1回にせよ、流産の原因がこのようにはっきりわかっていれば、今回は例外として認める。ただ委員会としては、同じようなものであればいいだろう、というニュアンスでよろしいか。
久具宏司委員:ただ特例として認める場合であっても、どんなものが例外になるのかということは決めておいたほうがよいのではないか。
矢野 哲幹事長:たしかにそれをはっきりさせておかないと、1回の流産でもこのように申請する例が増えてくるかもしれない。
久具宏司委員:過去にも一度流産回数が2回に満たない例を対象外としたことがあった。
竹下俊行委員:あの例は、満期で生まれたが早期に新生児死亡を起こした例で染色体検査をしたら相互転座であった、という例であった。
安達知子委員:あれは単純な相互転座であって、二重均衡型相互転座ではなかった。
久具宏司委員:二重均衡型相互転座であるから例外とする、と明確に言えれば、それが基準になる。
白須和裕委員:これ(二重均衡型相互転座)はどのくらいの確率で流産することになるのか。
安達知子委員:その点は専門家にもわからなかったようだ。
星合 昊委員長:過去に1回の流産で審査対象としなかった例があることを考えると、今回このケースが親委員会に上呈された意味を考える必要がある。
久具宏司委員:この例が単なる相互転座であれば、小委員会で対象外と判断していたと考えられる。
星合 昊委員長:今回の例はこれまでの審査の基準を特例という形で変えるものになるかもしれない。
久具宏司委員:着床前診断の審査の拠り所となっているのは、見解集の54頁に記されている、「染色体転座に起因する習慣流産(反復流産を含む)を着床前診断の審査の対象とする」という文言である。ここに明確に(反復流産を含めて)2回以上の流産のものを対象とすると記されている。
星合 昊委員長:二重均衡型転座であれば、1回の流産でもよいという説明がつけばよいが。
大川玲子委員:そうなると、1回の流産でも女性にこのような検査を受けることへの圧力になることも懸念される。
安達知子委員:もう1回流産すれば認めるということになるが、それならば二重均衡型相互転座という形であるために(1回でよい)と考えることはできないか。
矢野 哲幹事長:この例は学術的には、(着床前診断を)やってもやらなくても結果は同じようなものになると思われる。やることを禁ずるというところまではいかないのでは。
星合 昊委員長:(着床前診断をすることにより)ARTで採卵するリスクは繰り返すけれども、流産するリスクは避けられるということになる。
大川玲子委員:各症例の着床前診断を認めるかどうかを審査するときに、カウンセリングの内容についても審査することになっているが、(正常胚である)確率が低いとか、採卵に伴うリスクなどがきちんと伝えられていて、そのうえで納得しているかどうかということも重要である。
星合 昊委員長:詳細に書かれているわけではないが、着床前診断小委員会が、カウンセリングの内容が十分であると認定したということが報告されている。
大川玲子委員:特例というのであれば、特例とするに合わせたカウンセリングというものも必要となるのではないか。
安達知子委員:カウンセリングは2人の専門医によりなされているが、ただ確率の計算がむずかしいのか、きびしいということは言っていても、数値までの明確なデータはわからないようである。
竹下俊行委員:日産婦の見解では、特例を認める余地のある文言にはなっていない。
久具宏司委員:仮に今回の症例を二重均衡型相互転座であることを理由に特例として認めた場合、次には1回の流産として特例となるものにどういうものがあるのかということが問題となる。たとえ個別に考えるという原則があるにしても、今回特例として認めた根拠が明確でないと、説明が難しい。
星合 昊委員長:倫理委員会としては、この症例を特例として認めることは、心情的にはわかるが、例外とする強い根拠はない、として常務理事会にあげるということでよいだろうか。
久具宏司委員:着床前診断審査は、最終的には理事会決定事項である。
星合 昊委員長:原則的には認めないとして常務理事会で報告をすることでは。
安達知子委員:このクリニックは、過排卵の処理はしないであろう。この症例についての結論として、要件を満たしていないから却下というのは了解できるが、そうなるともう1回流産したら申請できますよ、というメッセージともなる。
竹下俊行委員:流産しないかもしれない。
白須和裕委員:次回どのくらい流産となるのか、というのがわからないのが問題だ。高率に流産になるという根拠があれば2回流産起こすのを待つというのもどうか、と言えるが、それが全くわからないで議論しているところに問題がある。(流産となる確率が)高いと推定されますとは書かれているが、明確でない。
矢野 哲幹事長:このクリニックでは、結局1個か2個の卵しか採卵しないのであれば、そのまま妊娠させるしかないのではないか。
安達知子委員:それでも、着床前診断により流産を回避するという意味はある。
白須和裕委員:相互転座を有する健児を得ることもあるわけだが、その確率というのはどうなのか。
竹下俊行委員:それは転座が1個の場合には計算式がある。しかし、この症例は転座が2個なので困難ではないか。
白須和裕委員:通常の均衡型転座では、2回目で健児を得る確率もそれなりにあるので、反復流産であることが要件になっているのであろう。したがって、この症例においては、2度目の流産の確率が非常に高いことを示すデータがあるとよい。そうでないと、認めるための理屈付けができなくなる。そうなると、原則を崩すだけの理由がないということになってしまう。
竹下俊行委員:やはり見解が現状である以上、これをどう解釈しても1回の流産のものを認める余地がない。認めるためには見解を変えるしかないのではないか。
矢野 哲幹事長:やはり1回だけの流産だからそういうことになる。
白須和裕委員:審査対象が習慣流産(反復流産を含む)だから、この時点で対象とならないことになる。
竹下俊行委員:習慣流産、反復流産を含めて、2回以上の流産なら機械的に認めていくということにできない理由は、まだこの制度が始まって間もないから慎重に審議を重ねようということであり、個別審査にしているのである。逆に、個別審査だから、こういうものは認めようということを言ってもよいようにも思える。しかし、見解の文言からはその余地はないように思われる。
星合 昊委員長:もし認めないとすれば、次の妊娠で流産となる可能性が高いことが推定されるがその根拠が明確にされていないので、特例とするのは困難である、という理由となろうか。
澤倫太郎委員:もし、このような考え方でいくとすれば、結婚前などに異常がわかってしまったら、まだ妊娠していないのに着床前診断してよいということになるということも認識しておかなければいけない。
竹下俊行委員:たしかに、たまたま染色体検査して、こういう異常が出てきたら、0回の流産でも(着床前診断しても)よいということになる。
星合 昊委員長:特例として認めることはやめる。本委員会としてはそういう結論にする。そのような趣旨で小委員会への回答文を作成願いたい。
(2)多胎妊娠防止に関する見解について
星合 昊委員長:多胎妊娠防止に関する見解についての資料をご覧ください。平岩弁護士からの文章が届いている。
久具宏司委員:平岩弁護士の文章は、見解の文章中で2胚移植を許容する場合として、35歳以上と2回続けて妊娠不成立であった場合とが挙げられているが、この書き方でこの2つの場合に限られるという誤解を生じないか、ということではないのか。したがってこの2つの場合は例示に過ぎないということをはっきり書いたほうがよいのではないのか、という趣旨であると思われる。しかし、実際には文章の中には「など」ということばを入れて、消極的にではあるが、例示であることを示している。
星合 昊委員長:では、この件については確認したとして、このままでよろしいか。では、確認したとする。
(3)神経筋疾患ネットワークからの要望
星合 昊委員長:次に神経筋疾患ネットワークから、着床前診断を認めないで欲しいという要望書が届いていることについて。
久具宏司委員:この団体からの要望の要旨は、資料4-1の裏面に3項目の箇条書きとしてまとめてある。資料4-3は、学会がこの要望書を受け取ったというお知らせの文面である。この文中、倫理委員会で審議するとしているので、本日議題として取り上げ、審議することが必要である。
安達知子委員:着床前診断をはじめる前に、公開倫理委員会を開いて、障害者の人たちも出席したうえで審議したはずである。
白須和裕委員:いろいろな団体が来ていた。
安達知子委員:1回目の公開倫理委員会では、(着床前診断は)優生思想だというような主張がなされた。しかし2回目の公開倫理委員会では、1人目に障害があり、2人目にも障害ということになるのは避けたいから(着床前診断を)むしろ障害者の側からやってほしいというような議論になった。その結果、これ(着床前診断)を認めることが障害者を排除するということではない、との結論を得て、ゴーになったという経緯である。
白須和裕委員:しかし、あの時もこれ(今回の要望書)と全く同じようなことを主張しつづける人がフロアにはいた。結局、それらの人たちとは平行線となるだけであった。
星合 昊委員長:今回の要望書の団体は平成17年と書いてあるから、その時(公開倫理委員会の時)よりも後にできたもののようだ。
澤倫太郎委員:障害者の団体にはさまざまなものがあり、それぞれがそれぞれのアイディアで主張する。ただ、学会はそれらと敵対するものではない。大谷裁判との関係も考慮すべきだ。
白須和裕委員:回答としては、決まった返事ができるのではないか。
星合 昊委員長:重篤な疾患というわれわれの定義は成人前に生命が危なくなるか、生活が困難になる、ということを基準にしているが、それについてご意見があれば承りたい、というようなものではどうか。この手紙で推察できるような軽症の人たちを(着床前診断の)対象にはしていない、ということを理解してもらうことが必要である。
久具宏司委員:回答の骨子としては、デュシャンヌ型筋ジストロフィーという病名で一括りにしているわけではなく、それぞれの症例を個別に重篤性を判断して審査しているということになるのではないか。
星合 昊委員長:ではそのような回答とする。
(4)着床前診断の予後調査について
星合 昊委員長:加藤レディースクリニックより、着床前診断の追跡調査を、どのようにいつまで行えばよいのか、という照会がきている。
久具宏司委員:現在、着床前診断を認可するにあたり、出生した児の予後を調査するよう学会として要望しているが、具体的な方法については何も決まっていない。これに対する質問と思われる。
星合 昊委員長:着床前診断の認可を進めているが、意外にも妊娠出産に至った例は少ない。そのためあまり問題にならなかったものと思われる。しかし、今後のことを考えると具体的な予後追跡の方法というか基準を決めておいたほうがよいかもしれない。
久具宏司委員:倫理委員長の下にワーキンググループを作るなどという方法が考えられる。
星合 昊委員長:周産期委員会に依頼するという方法もある。しかし周産期だけに関係する事項というわけでもない。直属にワーキンググループを作るのがよいか、あまり大勢でなく3~4人くらいで。よろしいか。
星合 昊委員長:ではメンバーの選任については一任いただきたい。