本サイトに掲載されている情報、写真、イラストなど文字・画像等のコンテンツの著作権は特段の記載がない限り、公益社団法人日本産科婦人科学会に帰属します。
非営利目的かつ個人での使用を目的として印字や保存を行う場合やその他著作権法に認められる場合を除き、本会の許諾なくWEBサイトのデータの一部又は全部をそのまま又は改変して転用・複製・転載・頒布・切除・販売することを一切禁じます。
胎盤は、子宮の中で赤ちゃん(胎児)に栄養や酸素を供給しています。胎盤は子宮の内面(内膜)に付着しますが、もし胎盤が通常より低い位置に付着し、子宮の出口(子宮口)を覆ってしまうと、前置胎盤という状態になります。前置胎盤の頻度は、すべての分娩の1%弱と言われています1)。前置胎盤では、胎盤が子宮の出口を塞いでいるので、経腟分娩することができません。途中で胎盤が剥がれて大出血を起こし、赤ちゃんに血液や酸素を供給できなくなります。したがって、前置胎盤の分娩は帝王切開が原則です。
前置胎盤の原因はよく分かっていませんが、いくつかのリスク因子が報告されています。年齢が高い、 喫煙している、分娩回数が多い(多産)、双子などの多胎妊娠、以前に子宮の手術(帝王切開、流産・妊娠中絶、子宮筋腫核出術)を受けたことがある、体外受精や顕微授精で妊娠した、子宮内膜症・子宮腺筋症を合併しているといった方々は、前置胎盤のリスクが高いと言われています。最近はこれらのリスクを抱える妊婦さんが増えており、前置胎盤の頻度も増加しています1)。
最初は無症状で、妊婦健診の経腟超音波検査でたまたま発見される方がほとんどです。ただ、妊娠28週頃を過ぎると、痛みもないのに急に出血する、いわゆる警告出血が出現するようになります。最初は少量の警告出血でも、1~2週おきに性器出血を繰り返すうちに、徐々に出血量が増加し、ときに大量出血になることもあります。前置胎盤の方は、約半数が警告出血を経験すると言われています。妊婦健診で前置胎盤が疑われている方は、少しでも性器出血を認めたら、直ちにかかりつけの産婦人科へご連絡ください。
経腟超音波検査で、胎盤が子宮口を塞ぐ位置に見えると、前置胎盤が疑われます。妊娠の早い時期に前置胎盤が疑われても、妊娠週数が進むと子宮の下部も伸びるので、最終的に胎盤が子宮口から離れて「前置胎盤でない」と診断されることがほとんどです。もし妊娠の中期に前置胎盤が疑われた場合は、経腟超音波検査を繰り返して、胎盤の位置を確認します。胎盤が子宮口から離れたことを確認できたら、胎盤が再び子宮口を塞ぐ心配はありません。
一方で、妊娠32週までに前置胎盤の状態が解消していなければ、それ以降に胎盤が子宮口から離れることは難しいと言われています。妊娠32週の時点で前置胎盤と診断されたら、妊娠末期にかけて警告出血のリスクが高まりますので、本格的に前置胎盤として対応します。
前置胎盤は、胎盤と子宮口の位置関係により、図のように分類されます。胎盤の状況を正確に把握するために、MRI検査を追加することもあります。現在は、すべてのタイプの前置胎盤で、帝王切開による分娩が選択されます。胎盤の位置が低めの低置胎盤の方は、経腟分娩と帝王切開のいずれを行うか、慎重な判断が必要ですので、担当医とよくご相談ください。
名称 | 胎盤の状態 | 子宮口を覆う胎盤辺縁から内子宮口までの距離 |
---|---|---|
全前置胎盤 | 開大した内子宮口の全部を覆う | 2cm以上 |
部分前置胎盤 | 開大した内子宮口の一部を覆う | 2cm未満 |
辺縁前置胎盤 | 開大した内子宮口の辺縁に達する | ほぼ0cm |
低置胎盤 | 開大した内子宮口を覆っていない | 胎盤辺縁と内子宮口との最短距離が2cm以内 |
出典:日本産科婦人科学会「産科婦人科用語集・用語解説集 改訂第4版」一部改変
赤ちゃんが産まれると、子宮内膜由来の脱落膜という組織が剥がれるので、胎盤も自然に剥がれて子宮から出てきます。このとき胎盤がうまく剥がれないのが癒着胎盤で、出産時の大量出血(産科危機的出血)の危険性が非常に高い状態です。前置胎盤があると癒着胎盤になりやすく、前置胎盤の5~10%で癒着胎盤を合併する(前置癒着胎盤)と言われています2)。
前置癒着胎盤が生じる原因として、子宮の下部は脱落膜が薄く機能も弱いので、胎盤が剥がれにくいと言われています。また、帝王切開などの手術部位で、子宮内膜がうまく修復されないと、癒着胎盤になりやすいとも言われています。
前置癒着胎盤では多くの場合、帝王切開のあと、子宮を取る手術(子宮摘出術)が必要になります。まず帝王切開で胎児を娩出し、胎盤は剥がさないまま、子宮を摘出すること(帝王切開時子宮摘出)が多いです。子宮を摘出せずに残したまま、胎盤が自然に吸収されるのを待つ方法もありますが、大出血や感染のリスクがあります。帝王切開時子宮摘出の出血量を減らすために、手術前に母体の血管にバルーンを留置したり、特殊な電気メスを使用したりするなど、各施設で様々な工夫が試みられています。しかしながら、出産の前に癒着胎盤を正確に診断するのは困難ですし、最適な治療法(標準医療)も確立されていません。
前置胎盤では、妊娠28週を過ぎると警告出血のリスクが上昇します。警告出血はお母さんの出血であり、赤ちゃんが出血するわけではありません。しかし、もし警告出血が大出血になると、お母さんの血圧が下がり、胎盤への血液や酸素の供給が低下するので、母児ともに危険な状態になってしまいます。したがって、妊娠32週までに前置胎盤の診断を確定し、早産の時期でも帝王切開や新生児の管理が可能な施設で、妊婦健診と分娩管理を受けていただくことになります。
警告出血があったら入院し、出産まで入院を継続することが多いです。警告出血がない方も、帝王切開に備えて、前もって入院していただくことがあります。また、大量出血に備えて、妊娠33~34週頃からご自身の血液を貯めておく「自己血貯血」を行うこともあります。
前置胎盤と診断された場合、警告出血がなければ、妊娠37週~38週に予定帝王切開を計画します。一方、警告出血を繰り返す方は、妊娠10か月を待たずに、早い時期で帝王切開せざるをえないことも多いです。早産の時期の帝王切開は、未熟な赤ちゃんを娩出することになりますが、赤ちゃんの成熟を待っている間に大量出血が起こると、母児に危険が迫ります。したがって、産婦人科医・小児科医・麻酔科医が、前置胎盤の状況や妊娠週数を慎重に相談しながら、最適と思われる帝王切開の時期を決定します。詳しくは、担当医からの説明をお聞きください。
前置癒着胎盤に対する「帝王切開時子宮摘出」は、ときに母体の生命を脅かすことが、世界各国から報告されています。幸い日本の産科医療は世界有数のレベルにあり、「前置癒着胎盤イコール生命の危機」というわけではありませんが、注意深い管理が必要です。前置胎盤には、帝王切開以外の選択肢(代替治療)がなく、早産期の帝王切開や帝王切開時子宮摘出など、難しい判断を迫られるケースも多いです。担当医やご家族とよく相談しながら、みんなで力を合わせて乗り切ってください。
日本産婦人科医会:「妊娠・出産のための動画シリーズ」
【参考文献】
1) Silver RM. Abnormal Placentation: Placenta Previa, Vasa Previa, and Placenta Accreta. Obstet Gynecol.
2) Grobman WA, Pregnancy outcomes for women with placenta previa in relation to the number of prior cesarean deliveries. Obstet Gynecol.