わたしのON/OFF 明日に繋がるoff

わたしのON/OFF 明日に繋がるoff 岩下 光利 慶應義塾大学医学部 産婦人科学教室 専任講師

 医者になってそろそろ20年が経とうとしています。どのようにしたら初心を忘れず、常に新しい気持ちで仕事に取り組むことができるか、私自身悩みながら自分のスタイルを築いてきました。充実したONと実りあるOFFとは表裏の関係であることは言うまでもありませんが、とりわけしみじみと思うのはOFFの時間の使い方、大切さであり、「実りあるOFFを作ることは充実したONを作るよりもはるかに難しい」ということを実感しています。今回、私なりに編み出したON/OFFの切り替え、そして良いライフ・ワーク・バランスをつくる秘訣を綴ってみました。
私のON

毎日の生活にメリハリをつける

朝の散策(等々力渓谷)

 初めに、1日の中でのON/OFFの切り替えについて紹介します。私は朝4時半に起床し犬をつれて散策をします。朝の散策をしながらその日の一番大切な仕事を頭の中でまとめ、その対処法をイメージするようにしています。朝食をとり、6時に出勤します。席に着くとまず、1日のうちにこなすべき事柄を列挙して紙に書いて机に貼り、仕事が始まります。一つの仕事が終わるとその項目を線で消していきます。このようにして始業時間までに、手元にある仕事はできるだけ済ませるようにしています。

病棟でのディスカッション

次の目標は18時までにその日の新たな仕事を終わらせることです。新しく増えた仕事をリストに加え、終われば線で消していきます。その日のうちに処理するのが難しい場合には翌日分の紙に書き写した上で消し、形だけでも当日の予定は全部線で消えるようにしています。また、できる限り土日や休日をはさんで仕事を持ち越しません。こうすることで、「今日も仕事が終わった。」「今週もよく頑張った。」と実感し、気持ちをOFFしてその後の時間を趣味や家庭にあてることができます。このように仕事の時間とプライベートな時間を目に見える形で分けた上で、それぞれを最大限に活用できるよう心がけています。

ON ~気持ちを集中させ、モチベーションを維持する~

手術

 気持ちをコントロールし、必要とする時に確実に集中力を高めた状態に引き上げるには、それに至る手順を自分なりに確立することが大切だと思います。私は大きな手術がある日はピアノを弾いてから家を出ます。気持ちを集中させるため、そして指がよく動くようにするためです。さらに医局で毎回同じ手術ビデオを視て手術に臨みます。医師3年目に出張病院の部長からもらったものですが、そこに映る流れるような柔らかい手技を自分のものにし、追いつき追い越したいと願い、これまで手術に臨んできました。このように目標を持って手順を確立し、繰り返し踏みしめることで集中力を高めてその仕事に邁進することができると思います

研究

では日常の仕事にモチベーションを保ちながら取り組むにはどうしたら良いでしょうか。私の場合、一つ一つの仕事に形ある成果が残るような、あるいは自分の進歩が実感できるような一工夫を織り込むようにしています。例えば、カンファレンスでプレゼンテーションすることになった場合、自分が今まで知らなかった新たな知識を一つでも得られるように準備し、発表の中で「今回、改めて知ったことがあります。それは・・」と話すようにするのです。勉強して見つけたトリビアをプレゼンテーションにいれておくと、憂鬱だったカンファレンスも、ワクワクしながら自信を持ってプレゼンすることができます。ひとつひとつの仕事を、その意義を見いだせるように工夫して精一杯やる、これがモチベーションを保ち、つまらなく見える仕事を自分の成長の糧にしてくれます。
私のOFF

OFFの使い方 ~初心を忘れず、まっすぐ育つために~

知覧特攻平和会館を訪ねて

 誰しもが医師になった時、自分の理想とする医師像を心に描き、それに近づこうと心に強く願ったのではないでしょうか。私の最初の出張病院は静岡県清水市立病院でした。25才の春、海岸沿いの道路を走って駿河湾の向こうに大きな富士山を視たとき、「これから自分の新しい人生が始まるんだ」と心は希望に満ちていました。今もその場所から富士山を眺めると、必死で手術手技を学び、がむしゃらに教科書を読んでいた研修医時代が昨日のことのように蘇ります。東京から清水の海岸まで150km、今もなにかと静岡に行く所用をつくっては昔の気持ちに会いに車を走らせ、その場所を訪れています。
 もう1箇所、自分を見つめるために訪れる場所があります。大学院時代に「ホタル帰る」という私の人生を変える一冊の本に出会いました。特別攻撃隊の若者達の話で、その中で特攻平和会館が鹿児島県知覧にあることを知りました。会館を訪ねると、そこには若者の写真が一面に貼られた部屋がありました。彼らの目は透き通り、訪れる人に「あなたは立派に生きていますか」と問います。心に活を入れられると同時に、自分にはやるべき事がある、と教えてくれ勇気が沸きます。概ね2年に一度、自分の目標がぼやけた頃、知覧に新しい力をもらいに行っています。
 人生を樹に例えるなら、幹を太くし、より高くまっすぐ育てるために・・・。そんな休日の活用を心がけています。

趣味を通じて自分を見つめ直す

宝生流の能のお稽古

 一番の趣味は読書で、ものすごく本を読みます。読書は自分の経験できない別の人生を体験させてくれます。ひいては人の立場に立って物事を考える、という医師にとって最も大切な資質を養ってくれます。もう一つ、学生時代から宝生流の能を習っています。お稽古では正座平伏して「よろしくお願いします」と先生に挨拶することから始まり、「有り難うございました」で終わります。皆さんは、最近、床につくまで深く頭を下げて感謝の挨拶をしたことがあるでしょうか。そうして曲を吟じ、舞うことで、世の中から離れて日常を俯瞰し、慢心しがちな自分を見つめ直す機会となっています。

おわりに

研修医と一緒に

 昨年末にこの記事の執筆を青木教授から打診されたとき、「同じ書くなら、青木先生が僕だけにクリスマスプレゼントをくれたと思ってみよう。」と無理やり感謝し、「この与えられた機会に、何か若い人に自分の人生で得たものを伝えよう」とモチベーションを上げて執筆にとりくみました。そして、今、それが形になってみなさんの目に触れています。不思議な感じがしませんか?2週間前までその萌芽もなかったのに・・・。仕事を与えてくれた方に心の中で手掌を合わせ、ひとつひとつ丹精込めて形にしていく。これが幸せなライフ・ワークの秘訣と信じています。その証拠に、僕はこの原稿を書いている2週間、とても楽しく幸せでした。

2015年1月現在