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Reason for your choice
産婦人科の“魅力”
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リプロダクションの視点に立った婦人科骨盤外科学
~生まれ変わっても同じ仕事に就きたい~
2016年3月28日
片渕 秀隆
婦人科腫瘍委員会委員長
はじめに
 紀元前1,400年に描かれた「太陽神ラーの分娩」には、膝位で分娩する女神の前方で助産師が児の娩出を助け、後ろから別の介助者が女神の体を支えている姿があります。さらに、ギリシア時代初期の彫刻では、妊娠女性が砕石位になり、その両脇をふたりの介助者が支え、そのひとりの介助者は子宮底を圧迫し、分娩椅子の前には助産師とその助手が躓き、発露した児頭を支えている状況が見てとれます。また、ナポリ国立博物館には、ポンペイ遺跡から出土した腟鏡、子宮カテーテルや腟洗浄イリゲータが展示されています(写真1)。そして、中世になると、レオナルド・ダ・ヴィンチが妊娠子宮と胎児を忠実且つ詳細に描写しています。
 地球上に生命が誕生して46億年、その中からヒトが進化し、約5百万年の歴史がつくられて来ました。数々の遺跡や遺産が物語るように、医学の中で最も長い歴史を刻んできた産婦人科学が新しい命の誕生を助け、さらに、子どもが独り立ちするまでの成長の手助けとして小児科学が、感染症から身を守るために内科学が、戦争による負傷を癒すために外科学が発展してきました。産婦人科学を嚆矢とするこれら4つの学問の確立と進歩によって、私たちは今、この時を奇蹟的に生きているとも言って過言ではありません。
 人類の歴史において先行し発展してきた産婦人科学は主に、周産期、生殖内分泌、女性のヘルスケア、そして婦人科腫瘍の4つの学問的領域によって成り立っています。それぞれが独立した分野として捉えられがちですが、臨床の現場においては決して切り離すことはできないものです。そして、共通していることは、女性の生殖臓器を対象とした医学であるということで、婦人科腫瘍学は、その視点に立って発展し続ける骨盤外科学でもあります。

写真1
写真1:ポンペイ遺跡から出土した産婦人科医療器具(ナポリ国立博物館)
Speert Harold, Chapter 17, Gynecology. In:Obstetrics and Gynecology:A History and Iconography 3rd Edition(Parthenon Publishing Group),p.457,Fig2 17-2
© 2004 Parthenon Publishing Group

実地臨床の魅力
 婦人科腫瘍学は、子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がんに代表される婦人科がんに対する治療を科学する分野です。治療法として手術療法、化学療法、放射線治療の3つが主なものとして挙げられます。さらに、4つめの治療法として新たな免疫療法が脚光を浴びています。それは、悪性黒色腫の治療として承認されたニボルマブです。免疫チェックポイントを阻害する分子標的薬で、抗原特異的T細胞を回復・活性化させることで抗腫瘍効果を発揮し、昨年、京都大学から卵巣がんにおける有効性が発信されたばかりです。
 治療法の検討にあたって臨床の現場では、問診による現病歴や家族歴を含めた情報の聴取と産婦人科に特有の理学的手技である腟鏡診と双合診(内診)によって骨盤腔を捉えることから始まります。その後、組織学的検査、必要な血液検査や画像検査を行うことで病態を把握し治療方針が検討されます。一見、当たり前の流れのようにみえますが、この過程には、婦人科腫瘍学に必要なさまざまな知識や能力が求められます。患者さんからの情報の聴取では、ハリウッド女優であるアンジェリーナ・ジョリーが乳腺と卵巣・卵管を切除したことで広く世間に知られることになった遺伝性乳がん卵巣がんや、リンチ症候群などの遺伝性疾患の可能性を常に念頭に置いておく必要があります (写真2)。
また、内診と直腸診を併用することで、病巣の拡がりの評価のみならず、婦人科がんに特徴的な進展様式を念頭においた原発巣の同定を可能にします。この産婦人科の理学的診察によって得られる所見は、手術術式の検討において欠かすことのできないもので、このスキルの熟達には豊富な経験が必要になります。さらに、治療前の組織学的検査が可能な子宮頸がんや子宮体がんでは、組織型や悪性度を評価することで腫瘍の進展の度合いを想定し、そして術中の個別化した対応に反映させ、最終的に良好な予後につながる方策を見いだして行きます。術前に組織学的評価が行えない卵巣腫瘍では、臨床診断の決定に際して婦人科診察の重要性は言うまでもありませんが、さらに血液検査による腫瘍マーカーの測定や内分泌学的評価、そして画像検査所見から疾患を把握する能力が求められます。このように、自らの持つさまざまな知識と能力、経験を駆使し、患者さんに最も適した治療法を選択する過程は、婦人科腫瘍学の魅力の一つとも言えます。
 婦人科がんに携わる医師の能力として、手術が基軸となります。1921年に京都大学の岡林秀一教授によって報告された進行子宮頸がんに対する定型的手術である岡林式広汎子宮全摘出術は、1世紀を経過した現在も世界で支持され続けています。その難度から、この術式を完遂できることが婦人科腫瘍専門医取得条件のひとつとされており、術者としてこの手術を執刀できるようになることは大きな意味を持ちます。また、腹腔鏡下手術やロボット手術の導入により、繊細かつ低侵襲な手術が可能となり、2014年4月には子宮体がんの腹腔鏡下手術が健康保険の適用対象となり、子宮頸がんではロボット手術が現実となっています。
 婦人科がんの診療では、若年で未婚の患者さんや未経産の患者さんにしばしば遭遇します。その場合、患者さんの生命を救うことと同様に、どうしたらその患者さんが自分の赤ちゃんを抱く将来を描くことができるかを考える必要があります。例を挙げると、子宮体がんでは、早期であれば子宮を温存しMPA療法というホルモン療法で治療することを検討します。子宮頸がんでは、早期であれば子宮腟部だけを切除する子宮頸部円錐切除術や、進行症例でも子宮頸部のみを広汎に切除し、妊娠に必要な子宮体部を温存する広汎性子宮頸部摘出術が治療法の選択肢として開発されました。また、卵巣がんではOncofertilityという新しい視点に立って、卵巣や卵子の凍結の検討が行われています。これらの治療法の妥当性については、多施設で協力して同様の症例を集積した臨床研究により検討が続けられます。一方、私たちはこれらの治療法の転帰を理解しておく必要があります。すなわち、MPA療法後には内分泌学的異常の是正と妊娠成立を目的とした生殖内分泌学的な管理、広汎性子宮頸部摘出術後の妊娠においては切迫流・早産に対する周産期学的な管理、そして卵巣や卵子の凍結には生殖補助医療 (Assisted Reproductive Technology: ART)の技術が必須となります。はじめに述べたように、婦人科がんの治療に際しても、このように各領域の連携が必要ではありますが、婦人科がんの治療にあたる者自身が、サブスペシャルティーに特化する前にすべての領域にわたる広い見識を有することが求められます。

写真2
©2013 Time Inc.
写真2:2013年5月27日号の米タイム誌に掲載された特集「アンジエリーナ効果」

研究から臨床への還元
 1983年、ドイツのがんウイルス研究者であるハラルド・ツール・ハウゼン博士が、ヒトパピローマウイルス(Human Papillomavirus: HPV)の感染がきっかけで子宮頸がんが発生することを発見しました (写真3)。それから25年後、博士は2008年のノーベル医学・生理学賞をこの業績によって受賞しました。子宮頸がんの原因となるウイルスの発見によって、このウイルスの子宮への侵入を防ぐ、人類史上初のがん予防ワクチンの開発に繋がったからです。2006年からワクチン接種が世界規模で導入され、ティーンエイジにおける子宮頸がんの前癌状態の数の減少の報告が相次いでいます。卵巣がんや子宮体がんにおいても、組織学的な診断を踏まえた責任遺伝子の解明が進み、ゲノム個別化治療が現実味を帯びて来ました。

写真
写真3:ハラルド・ツール・ハウゼン博士
Harald zur Hausen, Nobel Prize Laureate for Physiology or Medicine 2008, at a press conference at the Karolinska in Solna, used under a Creative Commons BY-NC-SA License)
(http://creativecommons.org/licenses/by-nc-sa/2.0/).

 私たち臨床医は患者さんの治療を行うだけではなく、日常診療を行いながら常によりよい治療法を模索しています。その過程で生まれる新たな発想や着眼点から、研究を遂行し最終的には患者さんの治療に還元することを大きな目標に掲げています。私の研究室でも多くの研究を行っていますが、今回はその中から、卵巣がんの進展におけるがん幹細胞の関与についての研究を紹介します。この研究を始めるきっかけは、病巣の完全摘出後に化学療法を施行した卵巣がんの中に、長期間の寛解時期を経て再発する症例の存在を理論的に説明できなかったことでした。ちょうどその頃、がん幹細胞理論が話題となっていたことから、長期寛解後の再発で考えられる病態として、本来抗がん化学療法の効果のないがん幹細胞が腹膜に潜在し、ある条件を得て再発病巣を形成するという仮説をたてました。土壌に生える草木に例えると、除草剤(抗がん剤)で土壌の上にある草木は一旦枯れますが、すでに土壌(骨盤腹膜)に播かれた種子(がん幹細胞)は時間が経つと再び芽を出すという理屈です (図1)。この仮説を基礎研究で証明することにわれわれは成功し、この研究成果をもとに、卵巣癌の集学的治療として、化学療法を後方支援する、がん幹細胞とマクロファージを標的とするDual-targeted therapyを検討しています。さらに、がん幹細胞にとって土壌(ニッチ)である骨盤腹膜を広範に切除するマンシェット術式を2002年に考案しました。これは、新しい創薬の前に、婦人科腫瘍医が、消化器外科医の手を借りることなく出来る最大の外科治療であると考えており、実際に有意な予後改善がもたらされています。 同様に多施設共同で行う臨床研究も、患者さんの不利益を最小限にし、且つ治療予後を最善のものにする手術療法の適応や術後の化学療法のレジメンを検討していく上で重要な役割を果たします。卵巣がんの世界的標準治療であるconventional TC療法に優る成績を示したdose-dense TC療法、予後不良で知られる卵巣明細胞がんの術後化学療法として、従来のTC療法と同等の効果を示すCPT-P療法の開発は、いずれも本邦から発信されたものです。

図1
図1:癌幹細胞を標的とした治療概念
   上段:従来の化学療法ではがん幹細胞から分化したがん細胞は
       死滅しますが、抗癌剤に抵抗性のあるがん幹細胞は
       残存するために、時間を経て再発します。
   下段:その一方で、がん幹細胞を標的とした治療では
       腫瘍の根絶が期待できます。

おわりに
 子宮や卵巣という生殖臓器は、極論すれば、心臓や肺、消化器や泌尿器などの生活臓器とは異なり、日常生活には必要ではないかも知れません。しかし、女性に子宮や卵巣がなければ人類のリプロダクションはあり得ません。産婦人科は他のいずれの科とも異なり、対峙しているひとりの患者さんのひとつの命を預かるのではなく、母と児の2つの命を背負う科であり、「おめでとう」という言葉が自然に発せられる科でもあります。人類の歴史を繋いで行くリプロダクトションの根源である女性の生殖臓器を、そして女性自身を腫瘍から如何に救うかを命題としている、この上ない魅力をもった産婦人科学、そして婦人科腫瘍学、私は生まれ変わっても、同じ仕事に就きたいと思います。

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