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声明


「着床前診断」報道に関する日本産科婦人科学会の声明

   日本産科婦人科学会(以下、本会)は、本会会員の大谷徹郎医師が、本会見解「着床前診断に関する見解」(平成10年10月施行、平成18年4月および平成22年6月改定)において「本法の実施にあたっては、所定の様式に従って本会に申請し、許可を得なければならない」と定めているにもかかわらず、本会が提示する適応例以外の例に対し無申請で施行していたことについて、その行為を決して容認しないことを言明いたします。あわせて、この問題に対する報道が広く社会に向けて不適切な情報を発信することになりかねない点への懸念を表明いたします。

   生殖医療において「着床前診断」という新しい技術が登場した際、本会はその有用性とともに、安全性ならびに倫理性を十分に考慮する必要があること、および、本診断法に反対する立場からのご意見も多くあることを踏まえ、公開での討論会等を行った上で、慎重に対応を進めてまいりました。本会の「着床前診断に関する見解」についても、技術の向上や時代の流れを考慮しながら徐々に改定を加え、現在、「重篤な遺伝性疾患児を出産する可能性のある、遺伝子変異ならびに染色体異常を保因する場合に限り適用される。ただし、重篤な遺伝性疾患に加え、均衡型染色体構造異常に起因すると考えられる習慣流産(反復流産を含む)も対象とする」と定めております。また、本診断法にはヒトの胚における遺伝学的情報を扱う操作が含まれることから、実施にあたっては厚生労働省の定める「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」、ならびに日本医学会の「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」の遵守を要求しております。

   着床前診断に関する本会見解が示されて以降、着床前診断を実施しようとするすべての会員が、本会見解および上記の倫理指針とガイドラインを遵守し、対象となるクライエントについては、会員が所属する医療機関の倫理委員会の承認を受けたうえで本会へ申請する手順を守っております。本会倫理委員会では、外部委員を含む着床前診断審査委員会を定期的に開催し、一例ごとに疾患とその病態、家族情報やその疾患に対する理解、さらに遺伝カウンセリングなどの観点からも実施の適否について真摯に検討・審査し、本診断法実施の承認可否を決定しております。今回の大谷医師の行為は、本会見解および上記の倫理指針とガイドラインに沿って診療を行っている他の会員の誠意ならびに本会の努力に背を向けるものであります。そもそも、大谷医師は平成16年に今回と同様に「着床前診断に関する見解」に違反したことにより本会を除名となりました。この除名処分が有効との判決確定の後、平成21年5月に再入会となっていますが、その際大谷医師は「再入会後は会告を遵守します」との誓約書を提出しています。大谷医師が今回行った「着床前診断」は自らの誓約に反する行為であり、これを看過することはできません。

   一方で、今回、“大谷医師の行った「着床前の全染色体を診断」が「妊娠率上昇へ」「不妊症には福音」”と新聞紙上で発表されたことに対しては、科学的なエビデンスを得るための十分な解析がなされていない現時点では、国民に過剰な期待と誤解を与える可能性があることを指摘しなければなりません。いわゆる「着床前診断」には、特定の遺伝子異常の有無を診断する「着床前遺伝子診断 (pre-implantation genetic diagnosis; PGD)」と、染色体の数的異常や性別などを検索する「着床前遺伝子スクリーニング (pre-implantation genetic screening; PGS)」とがあります。今回、大谷医師が行ったと報道されたのは後者のPGSに相当しますが、最近のメタアナリシス(過去に発表された多数の論文の解析)ではPGSを行っても妊娠率や生児を得られる率の向上には寄与しないことが明らかにされました。欧州ヒト生殖学会議(ESHRE)も2010年に、反復流産や着床不全、高齢女性に対するPGSの有用性を示す科学的根拠が見出されないことから、多施設共同のランダム化比較試験(RCT)が必要であるとの声明を出しています。また、今回報道された全染色体のCGH(comparative genomic hybridization)法は、最近、遺伝子検査に用いられるようになってきていますが、着床前診断への応用においては、今後の医療に有益な情報をもたらす可能性のある一方で、その運用にあたっての慎重な対応が求められています。

   近年、遺伝子を扱う技術の進歩に伴い、着床前あるいは出生前の診断に大きな変化が表れてきています。着床前診断は、この動向においても臨床介入研究であることの位置づけを良く理解し、倫理指針に基づいて適否を検討したうえで実施することが必要です。もとより、生殖医療に関わる新たな技術の臨床応用や実際の施行は、クライエントへの有益性とともに、さまざまな立場の多くの方々の意見に耳を傾け、わが国の風土と文化的背景も踏まえたうえで、慎重に進めていくべきものと認識しております。本会は今後もその立場を堅持して行く所存であります。

平成24年7月27日

公益社団法人 日本産科婦人科学会
理事長 小西郁生
倫理委員会委員長 落合和徳

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