倫理審議会答申書

 

 

 

平成13223

日本産科婦人科学会倫理委員会
倫理審議会

落合 和徳      行天 良雄
斎藤加代子      相良 洋子
武部  啓(委員長) 平岩 敬一
三木 妙子      吉村 泰典


 

審議事項
・非配偶者間体外受精について
追加審議事項
・精子提供による非配偶者間体外受精について
・卵子提供による非配偶者間体外受精について
―特に近親者からの卵子提供の問題および卵子提供用ドナーの確保と商業主義を排除するための具体的な提言についてー
・事実婚例における生殖補助医療に対する見解
付帯事項
・非配偶者間生殖医療による出生児の保護など、法的諸問題の対応について
・非配偶者間人工授精および精子提供と卵子提供による非配偶者間体外受精に対する各委員の見解の整備


倫理審議会答申書
卵子提供による非配偶者間体外受精・胚移植実施について―
  (追加審議事項を含む)

                                                     平成13年2月23日

 

日本産科婦人科学会
会 長 藤本征一郎  殿

倫 理 委 員 会
委員長 荒木  勤  殿

 

                          日本産科婦人科学会
倫 理 審 議 会
委員長 武部  啓

 

  平成11年3月の日本産科婦人科学会からの審議事項、および平成12年3月の付帯審議事項について、本審議会は合計15回にわたって会議を開催し検討した。 この度、すべての審議を終え、結論に達したので別紙の通り答申する。
  本答申は、平成11年の当初の審議事項および平成12年の付帯事項を併せて審議した答申である。ただし、平成12年2月25日付けの「第一次答申」は、付帯事項以外についてはほぼ完結した内容であるので、今回は重複を避けるため、全文を本答申の末尾に「第一次答申」として添付した。 また、関連した法令などの検討の詳細は、本答申には述べずに、資料として添付し、本答申の関連部分において参照した。
  答申は、2部から構成されており、基本的には当初の審議事項および付帯審議事項を合わせた答申であるが、平成12年2月25日付けの中間答申との重複を避けるため、中間答申の全文を第一次答申として、本答申に添付した。
  審議の過程において、審議内容に関連して、関連法令等との整合性、および政府が設置した委員会における本審議会の審議事項に関連した討議など、いくつかの外的要因を考慮する必要が生じた。 それらについては、別添資料として添付し、本答申中に引用した。 本答申の内容は、一部政府の委員会の結論とは異なる点があるが、本答申はその理由などについて、審議経過を含めて詳細に報告する。 また別紙に委員長所感として、これらの問題点についての見解を述べた。
                                       

以上

1,精子提供による非配偶者間体外受精についての見解

精子提供による非配偶者間人工授精と本質的には同一である。

   臨床的にはこのような事例は極めてまれであると思われる。しかしもし必要な場合には、 精子提供による人工授精と倫理的には本質的に同一であるとの結論に達した。
  しかし親子関係の発生の要件、子の福祉等、制度上の不備な点は残る。このことは、現行の人工授精においても同様である。生殖補助医療技術の進歩に伴い、生殖補助医療への社会的関心が変化している現状を考慮すれば、現行の人工授精の実施においても、特に子の福祉の観点からの配慮が必要であるとの結論に至った(別添資料1)。これらの点が整備されれば、精子提供による非配偶者間体外受精は容認されるべきである。

2、卵子提供による非配偶者間体外受精に関して、
(特に近親者からの卵子提供の問題および卵子提供用ドナーの確保と商業主義を排除するための具体的な提言について)

(1)、近親者からの卵子提供について

匿名の第三者に限るべきである。

   卵子提供による非配偶者間体外受精の問題に関しては、平成12年2月25日第一次答申において、法的な整備が整うことを前提に、極めて厳しい条件下での容認との結論に至った。
  しかしながら卵子提供ドナーの確保は容易ではないと予測されるために、卵子提供を近親者から求めることは、たとえ法整備が整ったとしても、容認できないとの結論に至った。主な理由を以下に示す。

@、医的侵襲

  提供者である第三者に卵巣過剰刺激症候群や採卵時の出血などの医的侵襲があるのは事実である。それゆえ、卵子提供による体外受精が近親者からの提供によってのみ可能であるといった状況は容易に予想できる。しかし近親者であれば多少の無理をいってもよいという風潮が生まれれば、近親者への心理的圧迫を生み、基本的人権に反する結果が生じないとは限らない。

A、遺伝的親である近親者に対する心理的葛藤

  近親者に遺伝的親がいることにより、親子関係が複雑になるだけでなく、その結果として現在では予想できないさまざまな社会問題が生ずる可能性がある。両親の離婚あるいは出生した児に何らかの問題が生じた際に、遺伝的親であるドナーに生じるであろう心理的圧迫・葛藤は看過できるものではない。
現行の精子提供のガイドラインが、長年の実施経験に基づいた原則として、匿名の第三者に限られるとした結論に至った点は尊重されるべきであり、匿名の第三者に限られているからこそ、様々な社会的混乱を避けられた実績は評価されるべきである。

B、ドナーに対する長期的カウンセリングの必要性

  現在、わが国ではカウンセリング制度はまったく未整備であることを考えれば、十分なカウンセリング制度が確立した上で近親者からの配偶子提供の検討を開始したとしても決して遅くはない。
  提供者が特定できる状況では、施行時の同意書のみではまったく不十分であり、施行後長期にわたるカウンセリングが必要である。特に近親者が提供者となる場合、身近に子供がいることになり、提供者のカウンセリングは極めて重要なものになる。


(2)、卵子提供用のドナーの確保について

  学会として、卵子提供に伴う危険性の低減につとめ、エッグ・ドネ―ションやエッグ・シェアリング等の第三者による卵子提供に関する啓発活動を行うとともに、高度な生殖補助医療技術を備えた機関を認定するなど、卵子提供者がより多く現れる方策を試みるべきである。提供者の対価についても学会として指針を示すことが望ましい。

(3)、商業主義の排除について

 将来的に様々なかたちで生殖ビジネスの浸透が予測されるが、日本の医師、少なくとも日本産科婦人科学会員が、配偶子の売買・斡旋などの非倫理的な商業行為に介入することは避けるべきである。
  本学会員の高い倫理規範と、自主規制に期待する。


3、事実婚例における生殖補助医療に対する見解

事実婚例を検討の対象にすることはできない。

  カップルには法律婚、事実婚、非婚というレベルがある。わが国においては、法律婚以外のカップルに対し、社会的に事実上の夫婦と判断する認定機関および方法が整備されていないのが現状である。さらに現行の民法において、事実婚の出生児が相続権等、法的に不利になっていることを考慮すれば、本審議会としては、医学的には区別すべきではないが、事実婚例を法律上の夫婦と同様に検討対象とすることはできない。

付帯事項

1、非配偶者間生殖医療による出生児の保護などの法的諸問題への対応(親子法の改正など)について

早急な法的整備を国に働きかけることが必要である。

  現行の民法は、生殖医療の進歩を予測していないため、多くの問題が生じている。本学会は特に親子関係の発生、父子関係の発生、母子関係の発生の要件を定めるよう、民法の改正を強く国に訴えるべきである(別添資料2)。またその際には、実際に裁判の場で様々な
請求が出される場合を想定して、明確に法律を規定すべきである。

2、非配偶者間人工授精および精子提供と卵子提供による非配偶者間体外受精に対する各委員の見解の整理

   これまでに15回にわたる委員会開催により、各委員の意見は十分に表明され討議された。現時点で委員相互に間に本質的な意見の相違はなく、文書にて倫理委員会および理事会に提出された見解は全委員の一致した見解である。少数意見にも十分配慮した記述となっている。問題の性格上、すべての事項に明確な結論が得られているわけではないが、それが委員の見解の不一致を反映したものではない。また、「不妊症で、すでに子を作らないことを決めたカップル」の決断は尊重されるべきで、彼らの決断に関し、社会的に心理的圧迫が加わることのないよう、学会は保護するべきであるとする意見も強くあったことをここに明記する。

以上
日本産科婦人科学会 倫理審議会
落合 和徳      行天 良雄
斎藤加代子      相良 洋子
武部  啓(委員長) 平岩 敬一
三木 妙子      吉村 泰典


倫理審議会第一次答申書
―卵子提供による非配偶者間体外受精・胚移植実施についてー

平成12年2月25日

日本産科婦人科学会
会 長 青野敏博  殿

倫 理 委 員 会
委員長 藤本征一郎 殿

 

                                 日本産科婦人科学会
倫 理 審 議 会
委員長 武部  啓

 

 日本産科婦人科学会倫理審議会は、会長から諮問を受け、非配偶者間の体外受精について審議してきた。精子提供による体外授精は、既に非配偶者間人工授精(AID)が実施されていること、また、厳密に医学的適応例を検討した結果、対象となる症例はまれであると考えられることより、本審議会ではおもに卵子提供による非配偶者間体外受精・胚移植の実施について、どのような問題点があり、それらにどのように対処することが望ましいかを審議してきた。その結果、卵子提供による非配偶者間体外受精・胚移植を実施するには、多くの困難な問題点があり、実施に際しては以下に論ずるような厳しい諸条件が満たされなければ実施されるべきではない、との結論に達したので、ここに答申する。

(1)卵子提供による非配偶者間体外受精・胚移植が求められる背景

    1.  生殖補助医療の進歩により、体外受精・胚移植が不妊治療の一環として広く普及してきた。

    2.  女性側に機能のある卵巣を有していないなどの不妊原因があり、正常な子宮を有していて、男性が精子提供可能である以下のような場合に適用される。

        a.先天性卵巣欠損:ターナー症候群のように卵子をもたない索状卵巣の女性(ター ナー女性および支援する人々から卵子提供による非配偶者間体外受精の実施を求 める要望書が本学会に提出されている)
         b.卵巣性無月経、早発閉経
         c.悪性腫瘍などにより両側卵巣摘出をおこなった症例や、放射線、抗癌剤などによ る治療を施行した症例

    3.  女性の社会的進出の増加、晩婚化、再婚後に新しい夫の子の出産希望など、通常の妊娠が困難な高齢者(例えば45歳以上)でも、卵子提供による妊娠は可能であることにより、この方法は高齢者が潜在的な利用者となることが予想される。

(2)問題点

  1. 夫に不妊原因がある場合に他人の精子の提供を受ける非配偶者間人工授精(AID)はすでに行われており、日本産科婦人科学会も承認している。精子と異なり、卵子の提供を求めることは容易ではない。卵子提供者は卵胞刺激のための処置(注射)を7ないし10日連続して受ける必要があり、さらには採卵や麻酔に伴う重大な身体的リスクを健常者に負わせることになる。
  2. 精子の場合とは異なり、ドナーには身体的リスクを負わせることになるため、ボランティアを募ることは容易ではないことから商業主義的に乱用されるおそれがある。すでに実施しているアメリカでは高額の報酬を支払っている。イギリスでは卵子提供者のボランティア組織がつくられており、報酬はきわめて低額であるが、長年にわたって認識を深める努力が行われている。
  3. この方法は45歳以上の比較的高齢者が利用することも予想される。受精可能な卵を得ることが困難な症例で卵の提供が行われれば、妊娠中あるいは分娩後の母体合併症が増加する可能性が危惧される。
  4. わが国ですでに実施された例では提供者が特定できる親族であった。しかしながら、精子提供による人工授精(AID)は提供者が特定できないことが長年の臨床経験から定着しており、提供者が特定できることにより問題が複雑になることが予想される。
  5. 非配偶者間の体外受精によって生まれた子の法的地位を明確にし、福祉を保証する法律が存在していない。

(3)仮に実施するとした場合、どのような条件が満たされなければならないか

  1. 匿名の卵子提供者:卵子の提供者が特定できることは、現在精子の提供者が匿名であり、現在に至るまで父親の遺伝的要素を受け継いでいないことによる大きな問題は発生していないことを考慮するならば、望ましくない。
  2. 卵子提供者の確保:卵子を提供するボランティアを求めることは容易ではないと予測されるが、どのような条件が満たされなければならないかなどについては、意識調査をするなど慎重な準備が必要であろう。
  3. 卵子提供者への報酬:卵子提供者に正当な報酬を支払うことは適切であるが、卵子提供が商業主義的に行われることのないように、まず学会が対価につき指針をだすことが望ましい。
  4. 出生児の法的地位:子供の法的地位の確立および規制が立法を伴うものであれば、親子関係の定義など関連する事項についての検討が不可欠となる。
  5. カウンセリング体制の確立:このような新しい方法の導入には、実施前および実施後のカウンセリングが必要である。また実施に伴って生じるかもしれない新しい問題に対処できる体制が必要となろう。

 本倫理審議会は7回の会議における延べ約20時間の審議により、卵子提供による非配偶者間体外受精・胚移植について検討した。その結果、現時点においてわが国で卵子提供による体外受精を一般的な不妊治療として実施する条件はととのっていないと判断した。
しかしながら、ターナー症候群関係者からの真摯な要望があること、医療技術、特に安全性に関する技術的進歩が著しいこと、また、今回の審議の結果から判断して不適切とみなされる実施例があることなどから、以下のような要件が満たされた場合にのみ実施を許可することを本学会が承認することを提案したい。当分の間、症例毎に本答申が指摘する問題点および諸条件に十分考慮したことが、所属機関の倫理委員会において承認され、さらに本学会の倫理委員会あるいはそれに準じる本学会の組織の審議を経て承認された場合に限って実施し、その結果について本学会に報告を求める。その結果に基づいて本学会はさらに審議を行うとともに、実施に伴う問題点に適切な対応ができると判断されれば、実施施設の登録制を導入するなど段階的に普及をはかる。それと平行して、本学会において、精子提供の場合を含めて親子関係の確認など法的問題について検討し、立法が必要と判断されれば具体的に提案することが望ましい。関連学協会においては本答申の趣旨を理解していただくよう要望するととも、国においても本答申の趣旨のそった判断がなされることを期待したい。以上を総合して、本倫理審議会は、卵子提供による非配偶者間体外受精について、以下のように報告する。

  1. 精子提供による非配偶者間人工授精が長年にわたって実施されてきたことを考慮すれ ば、卵子提供による非配偶者間体外受精は、技術面および安全面での進歩により実施が 可能となった現在、容認できることが望ましい。しかし実施に際しては以下のような厳 しい条件が満たされることが必要であり、卵子の提供者は、精子提供の場合と同様に匿 名の第三者でなければならない。
  2. 卵子の採取に際しての医的侵襲は、精子提供の場合と非常に大きいため、卵子提供者には十分なインフォームド・コンセントが必要である。
  3. 本法が商業主義的に実施されることがないように監視し、規制する体制をつくる。
  4. 本法は高齢の出産希望者に利用されることが多いと予想されるので、その際には高齢出産に伴う危機性については十分なインフォームド・コンセントを得る。
  5. 精子提供による非配偶者間人工授精、および精子や卵子提供による非配偶者間体外受精によって生まれた子供の地位、権利などの法的諸問題は、現行法のもとで解決が困難であることに留意する必要があり、本学会が法律の制定または改正への働きかけを積極的に行う。
  6. 非配偶者間の精子提供あるいは卵子提供によって生まれた子が、将来の結婚に際して、法的に認められない近親婚を避けることができるように、国が本学会の協力の下に記録を保存しておくことが必要である。しかしながら、そのような出産が本人に告知されない可能性が高いことに留意し、同一人からの精子あるいは卵子の提供はできるかぎり少なくすることが望ましい。
  7. 以上の諸条件については、本法の実施に先立って医療従事者と希望者が十分な話し合いを行ったインフォームド・コンセントが必要であり、医療従事者がそのようなカウンセリングについての訓練を受けることがきるような体制を、本学会が構築することが望まれる。さらに専門的な訓練を受けた生殖・遺伝カウンセラー制度の確立など、抜本的な医療体制の改革が必要となろう。

以上

         日本産科婦人科学会 倫理審議会
落合 和徳      行天 良雄
斎藤加代子      相良 洋子
武部  啓(委員長) 平岩 敬一
三木 妙子      吉村 泰典

別添資料1

非配偶者間人工授精(AID)実施における問題点

  AIDは、我が国ではすでに半世紀以上の歴史があり、現在までにこの方法による妊娠分娩例は一万例以上と推定されている。また、1997年には日本産科婦人科学会が「会告」の形でこの治療法に関する見解を示したことにより、AIDは倫理的・社会的に一応認知されたものと受けとめられている。しかし実際には、親子関係やプライバシーの保護といった“第3者の配偶子を用いた生殖医療”に伴う諸問題は未解決のまま残されている。現在、すでに第3者の配偶子を用いた体外受精の是非が問われている段階であるが、ここでAIDにおける未解決の問題を整理し、その対応策を明らかにおくことが、今後の生殖医療の展開に不可欠と考える。このような観点から、AIDの実施における問題点を以下に列挙する。

(1)カウンセリング体制の整備
    AIDを行う場合には、カウンセリングは極めて重要であり、被実施者夫婦が治療法を選択する際のみならず、精子提供者、被実施者夫婦、および出生児のいずれもが、いつでも、何回でも、カウンセリングを受けられる体制を整備する必要がある。

(2)親子関係
    父親はAIDに同意した夫であり、精子提供者は父親とはならないことを法的に明記する必要がある。

(3)出自を知る権利
    出自を知る権利は、個人のアイデンテイテイーに関わる重要な権利であり、認めるべきである。ただし、情報開示の時期および内容についてはさらなる検討が必要である。

(4)精子提供者の匿名性
    精子提供者、被実施者夫婦、および出生児のプライバシーを保護するため、精子提供者は匿名の第3者とした会告に準拠すべきである。(近親者からの精子(卵子)提供は、人間関係や家族関係が複雑になりやすく、生まれてくる子の福祉の観点から望ましくない。)

(5)プライバシーの保護
    治療に関わる者は、精子提供者、被実施者夫婦、および出生児のプライバシー保護に十分留意しなければならない。また、個人情報が漏らされた場合には、法的な制裁も考慮すべきである。

(6)記録の保存と情報の開示
    AIDを行う場合には、記録の恒久的な保存と適切な情報の開示が極めて重要であることを考慮し、公的(あるいは準公的)機関によって、情報を一元的に管理する体制を整備することが望ましい。


別添資料2

非配偶者間の生殖補助医療応用上の現行民法における問題点と提言

 明治31年から施行されている現行民法は生殖補助医療技術の概念を想定していない。そのため非配偶者の配偶子を用いた生殖補助医療により生まれた子は、その法的地位が不安定であり、法的保護に欠ける状況におかれている。かかる状況を打開するために、当審議会は、生殖補助医療を規制する前提課題として、少くとも以下の趣旨が立法により明確化されるように提言する。

(1)生殖補助医療によって生まれた子の母は、その子を妊娠・出産した女性である。

(2)生殖補助医療のために配偶子を提供した第三者は、それによって生まれた子の親とされない。

(3)夫婦が第三者の配偶子の提供を受けた場合、それによって生まれた子の父は、その生殖補助医療の利用について同意を与えた夫である。

解説

(1) 民法には母に関する定義規定がない。判例によれば母子関係は原則として「分娩の事実により当然発生する」ものとされる(最高裁昭37・4・27判決)。しかし、かかる判示は卵子提供者と分娩した者とが同一人物でない場合を視野に入れたものではない。分娩した者は通常、戸籍に母と記載され、社会的にも母性を認められているであろう。しかし、それらの事実をもって遺伝学上の母でないものを母と解するには問題がある。そこで、卵子提供を受けて妊娠し、分娩する例外的な女性の存在をも想定して、その女性に懐胎の事実及び母となる意思が認められることを根拠として、分娩した女性を母とする一般的定義規定をおくことは相当である。

(2) 実親子関係は自然的血縁関係を基盤とする。かかる原則からすると、生殖補助医療のために配偶子を提供した第三者を実親としなければならない。しかし、そうすることは提供者の意思に反するばかりでなく、生殖補助医療を利用して親になろうとする者の意思にも背離する。第三者の親としての権利主張を認めたり、第三者への扶養・相続等の請求を認めることは又、子をめぐる法的権利義務関係を不安定かつ複雑にすることであり、子の福祉の観点から是認できない。立法による解決が必要とされるゆえんである。一方、親子としての法的権利義務関係を発生させないことと、子の出自を知る権利及び近親婚の防止とは別問題である。それらの保障する施策は子のために別途考案されるべきである。

(3) 民法772条1項は、「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」と規定する。第三者からの提供精子と妻の卵子による非配偶者間の人工授精又は体外受精によって生まれた子に関する規定はない。それらの子は通常夫の子として戸籍に記載され、夫が嫡出否認の訴(民法774〜778条)を提起しない限り父子関係は安定しているようにみえる。提供精子により妻が懐胎した子について、学界では、夫が施術に同意した ことをもって夫の子と推定することこそ夫婦の意思に合致し、かつ子の保護になるとの 見解が多数を占めているといえる。平成10年には、夫の同意のもとに実施された非配 偶者間人工授精によって生まれた子を推定の及ぶ嫡出子とする決定(東京高裁平10・9・16決定)も現れた。一方、生物学的に夫の子でありえない状況下で生まれた子は、嫡出推定の前提事実を欠くゆえに、推定されない嫡出子と解する以外ないとする学説も有力である。この立場に立てば、表見上の父子関係は親子関係不存在確認の訴によっていつでも誰からでも否定されることになり、子の地位はすこぶる不安定である。かかる現状を早急に立法によって解決することは、生殖補助医療の規制にとって不可欠の前提といえる。


平成13年2月23日

 

倫理審議会委員長の所感

                                

武部  啓

 本倫理審議会は昨年度の7回の会議に引き続いて、本年度も計8回の会議において延べ約60時間以上の審議をおこなった。配偶子提供の体外受精についての倫理審議会における一連の審議を通じて、答申(案)にいたるまでの討議から感じたことを述べたい。

  1. 本審議会における検討は極めて困難な作業であった。委員の大半が本学会会員ではなく、医師でもない委員も半数という構成から、基本的な事項や背景の理解にかなりの時間を必要とした。またいわゆる根津医師の問題が、間接的ではあるが、影響を及ぼしたことは否定できない。しかしながら適切な委員構成と、オブザーバーの産婦人科医師の助言によって、公正かつ充実した審議を続けることができた。
  2. 学会会告に認められている非配偶者間人工授精(AID)に関しては当初、審議の対象には含まれていなかった。しかし非配偶者の配偶子を用いた生殖補助医療の議論を深める段階で、民法上の親子関係の要件を定めるにあたり、非配偶者間人工授精のもつ問題点にも触れざるを得ないという結論に至った。
  3. 自然科学のひとつの方向として、技術的にできることはなんでもするという考えがある。これは生殖医学に限った事象ではないが、現実に15,000人以上の本学会員全体が未解決の倫理的諸問題を内包しながら、ただ技術のみに走るというのは防ぎたいというのが審議会委員全員の総意である。委員長としては、本学会が強制力のない任意加入の団体であるため、その限界を考慮し、大多数の会員にとって納得でき、それに従うことができる指針を作成することをめざした。一部委員からは、学会員以外の委員を加え、委員長も非学会員であることから、思い切った大胆な提言も期待されているのではないか、との指摘もあった。しかし今回の審議事項が極めて現実的、かつ緊急に対応を迫られている課題であることを優先的に考慮した。
  4. 事実婚については、出生児の相続権などが法的に不利になっている現状は改めなければならないと考えるが、現時点では人工授精を含む非配偶者間の生殖医療の対象にすることはできないと判断した。
  5. その結果、本審議会答申は現状追認と、保守的な内容と見られるかもしれない。しかしながら、一部に激しい討論を経たうえで、本審議会としては全委員の合意によって、答申書をまとめたことを強調したい。その意味で、日本産科婦人科学会が、会員以外の委員を含めた倫理審議会を設置した意義は極めて大きかったことを確認したい。

 各委員および陪席された学会員各位のご努力とご協力に深く感謝したい。

以上