会  告

学会会員 殿

 非配偶者間人工授精について,理事会内に設置された診療・研究に関する倫理委員会は慎重な検討を重ね,各界の意見を十分に聴取した結果,その適応,実施範囲ならびにその施行に際して考慮されるべき倫理的諸問題に対する見解を理事会に答申しました.理事会(第3回理事会,平成8年11月30日)はこれを承認しましたので,会告として会員にお知らせします.なお,本見解は,日本不妊学会,日本泌尿器科学会,日本受精着床学会,日本アンドロロジー学会よりその主旨,内容に関する了承を得ております.

 平成9年5月

社団法人 日本産科婦人科学会

会 長  矢  嶋   聰

 

 

「非配偶者間人工授精と精子提供」に関する見解

 精子提供による非配偶者間人工授精(artificial insemination withdonorsemen;AID,以下本法)は,不妊の治療として行われる医療行為であり,その実施に際しては,我が国における倫理的・法的・社会的基盤を十分に配慮し,これを実施する.

 1.本法以外の医療行為によっては,妊娠成立の見込みがないと判断され,しかも本法によって挙児を希望するものを対象とする.

 2.被実施者は法的に婚姻している夫婦で,心身ともに妊娠・分娩・育児に耐え得る状態にあるものとする.

 3.実施者は医師で,被実施者である不妊夫婦双方に本法を十分に説明し,了解を得た上で同意書等を作成し,それを保管する.また本法の実施に際しては,被実施者夫婦およびその出生児のプライバシーを尊重する.

 4.精子提供者は健康で,感染症がなく自己の知る限り遺伝性疾患を認めず,精液所見が正常であることを条件とする.精子提供者は,本法の提供者になることに同意して登録をし,提供の期間を一定期間内とする.

 5.精子提供者のプライバシー保護のため精子提供者は匿名とするが,実施医師は精子提供者の記録を保存するものとする.

 6.精子提供は営利目的で行われるべきものではなく,営利目的での精子提供の斡旋もしくは関与または類似行為をしてはならない.

 7.非配偶者間人工授精を実施する施設は日本産科婦人科学会へ施設登録を行う.

 

“非配偶者間人工授精と精子提供に関する見解”に対する考え方(解説)

 非配偶者間人工授精は,被実施者である不妊夫婦とその出生児および精子提供者のプライバシーに関わる部分も通常の医療以上に大きいため,見解作成の経緯において,多くの論議を慎重に重ねてきた.その結果,非配偶者間人工授精の実施に際して,我が国における倫理的・法的・社会的基盤が十分に配慮され,本見解がより正しく理解されることを目的として本解説を付した.

 

 1.本法以外の医療行為によっては,妊娠成立の見込みがないと判断され,しかも本法によって挙児を希望するものを対象とする.

 (解説)

 女性側に明らかな不妊原因がないか,あるいは治療可能であり,以下のような場合本法の適応となり得る.1)無精子症(Azoospermia)および無精液症(Aspermia).2)精子死滅症(Necrozoospermia),または極端な乏精子症(Oligozoospermia)で,種々の精子増強策や顕微授精等を行っても受精せず妊娠不可能と考えられる症例であるが,原則として本法の施行は無精子症に限定されるべきである.これら適応となり得る例の場合,例えば無精子症であればその夫婦の選択は,(1)子供を得ることを断念する,(2)何らかの方法で養子を得ることを考える,(3)本法により妊娠し,児を得る,の三つに大別されると思われる.どの選択をするかはあくまでその夫婦の判断であり,第三者(この場合診療を担当している医師も含め)が本法を薦めるようなことは絶対あってはならない.また,慎重な配慮なしに他の治療法で妊娠可能な症例に本法を行うことは,厳に慎まなければならない.

 無精子症に対しては,精子細胞を用いた顕微授精の応用も考えられるが,その安全性および確実性の点からも現時点での臨床応用は時期尚早と考えられる.精子細胞を用いた顕微授精の場合,女性側に過排卵刺激や採卵などの医療操作を加えなければならないことも問題となる.

 

 2.被実施者は法的に婚姻している夫婦で,心身ともに妊娠・分娩・育児に耐え得る状態にあるものとする.

 (解説)

 本法の対象者は,現時点では法律上の夫婦とし,戸籍謄本を提出することが望ましい.本法の実施にあたっては,同意書および戸籍謄本を各施設で責任をもって一定期間保存する.

 

 3.実施者は医師で,被実施者である不妊夫婦双方に本法を十分に説明し,了解を得た上で同意書等を作成し,それを保管する.また本法の実施に際しては,被実施者夫婦およびその出生児のプライバシーを尊重する.

 (解説)

 AIDの実施者は生殖医学に関する知識・技術を習得した医師とする.本法に関するすべての技術は,男性不妊症に対する治療行為と考えられるので責任者はすべて医師でなければならない.AIDの登録に対しては,女性側の不妊検査にて明らかな原因がないことを確認の上,夫婦ともに来院し,書面による同意を行う.同意書の様式は,各施設で決定するが,その同意書に夫婦とも署名,拇印を押し,本法の登録を行う.また本法を施行するごとに,夫の書面による同意を得ることとする.夫婦それぞれの血液型を確認し,精子提供者(ドナー)の選択の際,生まれる子供の血液型を考慮する.

 本法は,当事者のプライバシーに関わる部分も通常の医療以上に大きいため,医師をはじめとした医療関係者が,被実施夫婦および出生児のプライバシーを守ることは当然の義務である.

 

 4.精子提供者は健康で,感染症がなく自己の知る限り遺伝性疾患を認めず,精液所見が正常であることを条件とする.精子提供者は,本法の提供者になることに同意して登録をし,提供の期間を一定期間内とする.

 (解説)

 精子提供者は,感染症(肝炎,AIDSを含む性病等),血液型,精液検査を予め行い,感染症のないこと,精液所見が正常であることを確認する.また,自分の2親等以内の家族,および自分自身に遺伝性疾患のないことを提供者の条件とする.その上で提供者になることに同意する旨の同意書に署名,拇印を押し,提供者の登録を行う.提供者の感染症検査は,少なくとも年一回施行する.提供者の同意書,および検査結果は少なくとも提供期間中は保存しておく.同一の精子提供者からの出生児数を考慮し,精子提供の期間を2年以内とする.余剰精液を凍結する場合,その保存期間は2年以内とする.

 

 5.精子提供者のプライバシー保護のため精子提供者は匿名とするが,実施医師は精子提供者の記録を保存するものとする.

 (解説)

 精子提供者のプライバシー保護のため,提供者は匿名にされる.この匿名性が保障されなければ,提供者本人およびその家族に与える社会的影響も大である.また提供された側もその後の家族関係の安定のため,提供者が匿名であることを通常希望している.

 実施医師は,提供者の精液のquality評価のため,提供者を同定できるようカルテに記載する.しかし,精子提供者の記録は,現時点では生殖医学的見地からの精液評価等のために保存されるべきものである.また,カルテの保存期間については本法の特殊性を考慮し,より長期の保存が望ましい.

 

 6.精子提供は営利目的で行われるべきものではなく,営利目的での精子提供の斡旋もしくは関与または類似行為をしてはならない.

 (解説)

 本法は,これ以外の医療行為によっては妊娠成立の見込みのない絶対的男性不妊に対して適応されるべきであり,その施行にあたっては医学的立場のみならず,倫理的,かつ社会的基盤が十分に配慮されるべきである.営利目的で本法の斡旋もしくは関与またはその類似行為を行うことは許されるべきではない.本法の商業主義的濫用は,生殖技術の適正利用が保障されなくなると同時に被実施夫婦や提供者のプライバシーや出生児の権利も保障されなくなる.

 

 7.非配偶者間人工授精を実施する施設は日本産科婦人科学会へ施設登録を行う.

 (解説)

 本学会員が本法を施行する際,所定の書式に従って本学会に登録,報告することとする.