5MAR2002

 

会告


平成14年2月

学会会員殿

日本産科婦人科学会会長 荒木勤

 

「妊娠糖尿病の定義ならびに診断基準」に関する見解

 

 

 妊娠糖尿病(gestational diabetes mellitus:GDM)は、各種の母体ならびに胎児・新生児合併症を生じること、たとえ分娩後にいったん正常化しても将来糖尿病に進展する可能性が高いことから、その早期発見に努め、適切な治療・管理を行う必要がある。

 

1.妊娠糖尿病の定義

 「妊娠糖尿病とは妊娠中に発生したか、または初めて認識された耐糖能低下をいう。」なお、妊娠糖尿病と診断した症例は、分娩後に改めて耐糖能の再評価を行う。

 

2.75g糖負荷試験による妊娠糖尿病の診断基準

  

 静脈血漿ブドウ糖値(mg/dl) 

 空腹時値 

≧100

 負荷後1時間値 

≧180

 負荷後2時間値 

≧150
以上のうち2つ以上を満たすもの  

 

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“「妊娠糖尿病の定義ならびに診断基準」に関する見解”の解説

 

 本会告は、日本産科婦人科学会雑誌第52巻第9号(2000年9月)に掲載された日本産科婦人科学会周産期委員会による委員会提案を、本会会員ならびに理事会等の意見に基づき修正したものである。

 近年、我が国の糖尿病人口は急増しており、妊娠糖尿病についてもその増加が想定される。日本産科婦人科学会栄養代謝問題委員会ならびに周産期委員会は、1984、85年および1995年に妊娠糖尿病の定義ならびに診断基準に関する見解を公表してきた。今回、1999年5月に日本糖尿病学会糖尿病診断基準検討委員会は糖尿病の分類と診断基準に関して報告し、妊娠糖尿病の定義ならびに診断基準に関する見解を示した。その中で妊娠糖尿病の診断基準については、日本産科婦人科学会が1984年から提案してきた診断基準が採用された。定義については「妊娠中に発症もしくは初めて発見された耐糖能低下をいう」とされ、日本産科婦人科学会の1995年の定義と同様の定義が採用された。しかし、この定義の解釈をめぐって一部になお混乱が生じているので、本学会として改めてその見解を提示することにした。

 なお、妊娠糖尿病の定義ならびに診断基準等は、今後の知見の集積や国際的な動向によって変更されることがありうる。それまでは、本定義および診断基準を用いることとする。従来の妊娠糖尿病の診断基準は、将来の糖尿病発症のリスクの高い集団を選別することが主目的であったが、今後は周産期合併症のリスクの高い集団を選別することを主目的とする診断基準の作成が望まれ、現在、国際的な大規模臨床試験が進行中である。

 

● 1.妊娠糖尿病の定義について ● 

1)妊娠糖尿病の定義の変遷

 1985年の日本産科婦人科学会栄養代謝問題委員会報告では、妊娠糖尿病は「妊娠中に糖忍容力の低下を認めるが、分娩後に正常化するもの」とされ、妊娠時に初めて出現する一過性の軽い耐糖能低下という認識があった。しかし、この定義では妊娠中は診断を確定できないこと、周産期合併症のリスクは主として妊娠中の血糖値に依存し、分娩後に正常化するか否かということには必ずしも関係のないこと、さらにInternational Workshop-Conference on Gestational Diabetes Mellitus (以下GDM国際会議)等の国際的な妊娠糖尿病の定義に準拠する必要性から見直しがなされ、1995年に日本産科婦人科学会周産期委員会は、妊娠糖尿病を「妊娠糖尿病とは妊娠中に発生したか、または初めて認識された耐糖能低下をいう。」と定義し、本会告でもこの定義を踏襲した。これは、妊娠中に治療的介入を行わねばならない集団を選別するという考え方を反映したものである。本定義では妊娠中に初めて発生した耐糖能低下ばかりでなく、妊娠前から存在するが見逃されていた耐糖能低下も妊娠糖尿病に含まれる。なお本会告中の「耐糖能低下」は、糖尿病と、より軽症の糖代謝異常の両者を包含する概念である。

 

2)妊娠糖尿病のうち糖尿病型を示すものの取り扱い

 日本糖尿病学会(1999年)は、妊娠糖尿病のうち糖尿病型を示すものは取り扱いの上で区別するとしている。妊娠による耐糖能の悪化はおもに妊娠中期以降に出現する。妊娠中に初めて認識された耐糖能低下、すなわち妊娠糖尿病と診断される症例のうち、妊娠初期に糖尿病型の判定基準を満たす症例や糖尿病網膜症を有する症例は妊娠前から糖尿病が存在したと判断されるので、先天奇形や流産の頻度の上昇および各種の糖尿病合併症に注意し、高次医療機関あるいは専門的医師に紹介する。また、妊娠中期以降においても糖尿病型の判定基準を満たすものは糖尿病である可能性が高いことから、高次医療機関あるいは専門的医師に紹介する。しかし、糖尿病型を満たさない症例についても、これを軽視してよいことを意味するわけではなく、治療の基本方針は糖尿病と変わることはないので、同様に高次医療機関あるいは専門的医師に紹介することが望ましい。

 

3)見逃されていた糖尿病や妊娠中に発症した糖尿病が妊娠糖尿病に含まれる理由

 妊娠中に初めて認識された耐糖能低下、すなわち妊娠糖尿病のうち、一部の症例は妊娠中に糖尿病と診断できるが、妊娠中の糖代謝動態の変化(食後血糖値の上昇、空腹時血糖値の低下、インスリン抵抗性など)により、そのすべてを正確に診断することはできない。したがって、最終的にすべての糖尿病の診断が確定するのは分娩後の再評価を実施した後である。

 妊娠中に初めて認識された耐糖能低下のうち、糖尿病型を示すものを糖尿病と分類し、示さないものを妊娠糖尿病と分類するべきであるという見解もあるが、糖尿病型を示すものの中に糖尿病でないものが含まれ、糖尿病型を示さないものの中にも糖尿病が含まれる可能性があるので、本会告では採用しないこととした。

 糖尿病網膜症を有する症例等、妊娠中に明らかに糖尿病と診断できる症例を妊娠糖尿病のカテゴリーから除外するべきであるという見解もあるが、すべての糖尿病を妊娠糖尿病から除外できない以上、診断できるという理由のみで糖尿病の一部を除外することはカテゴリー分類上適切ではないと考えられるので、今回の定義では除外せずに妊娠糖尿病に含めることとした。このような症例は分娩後の再評価を待たずに糖尿病と診断できる妊娠糖尿病症例である。

 また、妊娠するまで見逃されていた糖尿病を妊娠糖尿病とは別の独立したカテゴリーに分類し、妊娠中に発症した耐糖能低下(糖尿病を含む)を妊娠糖尿病とするべきであるという見解もあるが、見逃されていた糖尿病をすべて正確に診断できるかどうかについてさらに検討を要すること、およびGDM国際会議等の国際的な定義の解釈注1)に準拠することがより望ましいと考えられることから、今回の定義では見逃されていた糖尿病も妊娠糖尿病に含めることとした。なお、この点については今後引き続き検討が必要である。

 従来、妊娠糖尿病は軽度の耐糖能低下と認識されていたので、糖尿病にしか生じない糖尿病網膜症や先天奇形の頻度の上昇は妊娠糖尿病では起こりえないとされてきたが、新しい妊娠糖尿病の定義では、見逃されていた糖尿病が含まれるので、網膜症や先天奇形の頻度の上昇が起こりうることになる。

 

4)妊娠時の耐糖能低下の分類

 以上の結果、妊娠時の耐糖能低下は、妊娠前から診断されている糖尿病の合併妊娠と妊娠糖尿病の2つのカテゴリーに分類されることになる。なお欧米では、最近、妊娠前から診断されている糖尿病の合併妊娠をpregestational diabetes mellitus (PreGDM)と表記することが多く、これを「妊娠前糖尿病」と訳すこととする。また、「糖尿病合併妊娠」とは、妊娠前から診断されている糖尿病の合併妊娠と、妊娠糖尿病の一部を構成する「見逃されていた糖尿病」や「妊娠中に発症した糖尿病」等を含む用語であると解釈される。

 ● 2.妊娠糖尿病の診断基準について ● 

 1)75g糖負荷試験による診断基準値の由来

 日本産科婦人科学会の75g糖負荷試験による妊娠糖尿病の診断基準の各基準値は、我が国の正常妊婦における75g糖負荷試験の成績から平均+2SDによって求められた値であるが、周産期合併症の頻度の点からも概ね妥当と考えられている。GDM国際会議は従来100g糖負荷試験を推奨してきたが、1998年にようやく75g糖負荷試験による暫定的な診断基準値(空腹時値≧95mg/dl、1時間値≧180mg/dl、2時間値≧155mg/dlのうち2点以上を満たすもの)を提案した(Diabetes Care 21(Supl2): B161-167, 1998)。日本産科婦人科学会の診断基準値はこれに近似しており、また我が国においてすでに広く定着していることを考慮し、さらに、GDM国際会議の基準値が暫定的なものであることから、我が国では当面の間、従来の日本産科婦人科学会の診断基準値を引き続き用いることとした。ただし、今後の国際的な動向によっては、近い将来に基準値が改定されることもありうる。

 

2)分娩後の耐糖能再評価と長期追跡の必要性

 分娩後の耐糖能再評価は分娩後1〜3カ月の間に行い、日本糖尿病学会糖尿病診断基準検討委員会による「糖尿病の分類と診断基準に関する委員会報告」(糖尿病42:385-401, 1999)に従って、空腹時血糖値および糖負荷試験等によって糖尿病(型)、境界型、正常型に分類する注2、3)。分娩後境界型のものはその後3〜6ヶ月ごとに反復検査を行う。分娩後正常型のものでも、将来の糖尿病発症が高率であることから、1年ごとに反復検査を行う。

 

3)糖負荷試験を用いない妊娠糖尿病の診断

 日本糖尿病学会による糖負荷試験を用いない非妊娠時の糖尿病の診断基準(注1、注2)を妊娠時に初めて満たした場合は、糖負荷試験を行わずに妊娠糖尿病と診断してよい。

 

● 3.妊娠糖尿病のスクリーニングについて ● 

 全妊婦に75g糖負荷試験を実施することは実際的ではなく、より簡易な方法でスクリーニング試験を行い、陽性者に75g糖負荷試験を行う方法が従来から用いられている。以前は尿糖陽性、肥満、糖尿病家族歴、巨大児出産の既往などの糖尿病の危険因子によるスクリーニングがなされてきたが、1995年の日本産科婦人科学会周産期委員会報告では、危険因子法のみでは見逃される症例が多いことから、妊娠初期および中期に血糖検査を実施することが提案された。現在でもなお、最善のスクリーニング法については議論があるが、その報告では食後血糖値法(食後2〜4時間の静脈血漿ブドウ糖値が100mg/dl以上を陽性とする)あるいはグルコースチャレンジテスト(50g ブドウ糖経口負荷後1時間の静脈血漿ブドウ糖値が140mg/dl以上を陽性とする)が推奨されている。また、日本糖尿病学会(1999年)は随時血糖値法(100mg/dl以上を陽性とする)によるスクリーニングを推奨している。しかし、我が国ではそれらのスクリーニング法の精度に関するデータが十分に得られておらず、現在本学会員を中心として、上記のスクリーニング法を含め、空腹時血糖値、HbA1c値等によるスクリーニング法について、その精度を確認するための多施設共同研究が進行中である。

 

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注1)第4回GDM国際会議における妊娠糖尿病の定義の解釈(Diabetes Care 21(Supl2): B161-167, 1998より抜粋し和訳)

 「妊娠糖尿病は妊娠中に発症したか、または、初めて認識されたさまざまな程度の耐糖能低下と定義される。この定義はインスリン治療の有無や分娩後にこの状態が持続するか否かに関わりなく適用される。また、見逃されていた耐糖能低下が妊娠前に存在した可能性を除外しない。」 

 「妊娠初期に空腹時高血糖や耐糖能低下を示す女性は、妊娠前から糖尿病を有していた可能性があり、妊娠前から糖尿病と診断されている女性と同様に治療されるべきである。」

 「妊娠後半期に発症した妊娠糖尿病では先天奇形の頻度は増加しない。しかし、妊娠中に初めて妊娠糖尿病と診断された妊娠前から存在する糖尿病で、空腹時血糖値が120mg/dl を越える場合には、正常妊婦に比較して奇形発生率が高い可能性がある。」

 

注2)非妊娠時の糖尿病の診断手順(糖尿病の分類と診断基準に関する委員会報告(1999)より抜粋) 

1.空腹時血糖値≧126mg/dl、75gOGTT 2時間値≧200mg/dl、随時血糖値≧200mg/dl、のいずれか(静脈血漿値)が、別の日に行った検査で2回以上確認できれば糖尿病と診断してよい。(ストレスのない状態での高血糖の確認が必要である。)これらの基準値を越えても1回の検査だけの場合には糖尿病型と呼ぶ。

2.糖尿病型を示し、かつ次のいずれかの条件がみたされた場合は、1回だけの検査でも糖尿病と診断できる。

 (i)糖尿病の典型的症状(口渇、多飲、多尿、体重減少)の存在

 (ii)HbA1c≧6.5%

 (iii)確実な糖尿病網膜症の存在

 

注3)非妊娠時の空腹時血糖値および75g糖負荷試験(OGTT)2時間値の判定基準(静脈血漿値、mg/dl)(糖尿病の分類と診断基準に関する委員会報告(1999)より抜粋)

     

正常域
糖尿病域

空腹時値
75gOGTT2時間値

<110
≧126
<140
≧200

75gOGTTの判定

両者を満たすものを正常型とする

いずれかを満たすものを糖尿病型とする

正常型にも糖尿病型にも属さないものを境界型とする


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