会  告

学会会員 殿

 理事会内に設置された診療・研究に関する倫理委員会は,ヒトの体外受精・胚移植の臨床応用の範囲ならびに着床前診断について,各界の意見を十分に聴取するとともに慎重な検討を重ねた結果,その適応,実施範囲,施行に際して考慮されるべき倫理的諸問題に対する見解を理事会に答申しました.理事会(第2回理事会,平成10年6月27日)はこれを承認しましたので,会告として会員にお知らせします.なお,本見解は,日本不妊学会,日本泌尿器科学会,日本アンドロロジー学会,日本周産期学会,日本人類遺伝学会,日本マス・スクリーニング学会よりその主旨,内容に関する了承を得ております.

 平成10年10月

社団法人 日本産科婦人科学会

会 長  佐 藤 和 雄

 

 

「ヒトの体外受精・胚移植の臨床応用の範囲」についての見解

 ヒトの体外受精・胚移植を不妊治療以外に臨床応用することを認める.ただし,その適用範囲については,日本産科婦人科学会に申請のあった臨床応用について個別に審議し決定する.申請の書式などの手続きについては別に定める.

 

「ヒトの体外受精・胚移植の臨床応用の範囲」についての見解に対する解説

 

 ヒトの体外受精・胚移植(以下本法)は日本産科婦人科学会(以下本会)会告(昭和58年10月)に基づき,不妊治療に適用され実施されてきた.しかし,本法の根幹をなす生殖生理学の知識は往時より飛躍的に増加し,その結果ヒトの未受精卵,受精卵の取扱い技術は著しく進歩した.このような生殖医療技術の進歩を背景にして,従来不妊の治療法としてのみ位置付けられていた本法に,新たな臨床応用の可能性が生じており,今後もその範囲は拡大するものと思われる.

 このような現状に鑑み,本会は本法の不妊治療以外への臨床応用について,国内外の基礎ならびに臨床研究成績をもとに慎重に検討した結果,本法の適用範囲を拡大する必要性が存在し,かつわが国の技術水準で十分可能であるとの結論に達した.

 しかし,適用範囲の歯止めのない拡大に繋げないため,その実施は生殖医療について十分な技術的背景と経験を持った施設で,適正な適用範囲のもとに行われるべきであり,そのため実施機関と適用範囲については本会において個別に審議し決定することとする.

 

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「着床前診断」に関する見解

 1.受精卵(胚)の着床前診断(以下本法)に対し,ヒトの体外受精・胚移植技術の適用を認め,遵守すべき条件を2.に定める.

 2.本法を実施する場合は,以下に示す条件を遵守する.

 (1)本法は極めて高度な技術を要する医療行為であり,臨床研究として行われる.

 (2)本法の実施者は,生殖医学に関する高度の知識・技術を習得した医師であり,かつ遺伝性疾患に対して深い知識と出生前診断の豊かな経験を有していることを必要とする.

 (3)本法を実施する医療機関は,すでに体外受精・胚移植による分娩例を有し,かつ出生前診断に関して実績を有することを必要とする.また,遺伝子診断の技術に関する業績を有することを要する.

 (4)本法は重篤な遺伝性疾患に限り適用される.適応となる疾患は日本産科婦人科学会(以下本会)において申請された疾患ごとに審査される.なお,重篤な遺伝性疾患を診断する以外の目的に本法を使用してはならない.

 (5)本法の実施にあたっては,所定の様式に従って本会に申請し,認可を得なければならない.また,実施状況とその結果について毎年定期的に報告する義務を負う.なお,申請にあたっては,会員が所属する医療機関の倫理委員会にて許可されていることを前提とする.

 (6)本法の実施は,強い希望がありかつ夫婦間で合意が得られた場合に限り認めるものとする.本法の実施にあたっては,実施者は実施前に当該夫婦に対して,本法の概略,予想される成績,安全性,従来の出生前診断との異同などを文書にて説明の上,患者の自己決定権を尊重し,文書にて同意(インフォームドコンセント)を得,これを保管する.また被実施者夫婦およびその出生児のプライバシーを厳重に守ることとする.

 

「着床前診断」に関する見解に対する解説

日本産科婦人科学会(以下本会)は,着床前診断の臨床応用の是非の審議に際し,本法がさまざまな医学的,社会的,倫理的な問題を包含していることに鑑み,可能な限り広い範囲の意見を聴取し,各方面と意見交換を行った.特に,障害者の立場を考慮して本件の審議を行い,臨床研究の範囲で会員が実施する際のガイドラインとして本見解を作成した.生殖医療の高度化に伴い,本法が無秩序に実施されれば社会に測り知れない不利益をもたらすおそれがあるため,本ガイドラインは適正な自主規制と歯止めを目的としたものである.本会は,本法を実施するに際して,その進展を注意深く監視し,本法の適正な運用に努める.

 

1.受精卵(胚)の着床前診断(以下本法)に対し,ヒトの体外受精・胚移植技術の適用を認め,遵守すべき条件を2.に定める.

 (解説)

 近年,ヒトの体外受精・胚移植の実施例は急増し,これに伴い生殖生理学の知識と技術は大きく進歩した.特にinvitroでの受精卵の取扱い技術の進歩と,分子生物学的診断法の発展は,個体発生に影響を与えることなく受精卵の割球の一部を生検し,これにより当該個体の有する遺伝子変異を着床以前に検出,診断することを可能にした.国外ではすでに本法の臨床応用例が数百例報告され,国内においても基礎研究成績が発表されている.

 本会は本法の成績を慎重に審議し,本法はこれを望む夫婦には意義があること,国内外の成績から本法はわが国においても臨床応用が可能であると判断した.本法の臨床応用を認めるにあたり,体外受精・胚移植が本法の実施に不可欠な技術であることから,体外受精・胚移植の適用範囲を広げ,本法に臨床応用することを認めることにした.

 

2.本法を実施する場合は,以下に示す条件を遵守する.

 (1)本法は極めて高度な技術を要する医療行為であり,臨床研究として行われる.

 (解説)

 着床前診断はまだ一般化されていないため,臨床研究の範囲に限定して行われるべきである.そのため,実施にあたっては本会の認可制とし,本会の監督下に行われるものとする.なお,一定の期間後に本法の有用性を再評価する.

 

 (2)本法の実施者は,生殖医学に関する高度の知識・技術を習得した医師であり,かつ遺伝性疾患に対して深い知識と出生前診断の豊かな経験を有していることを必要とする.

 (解説)

 本法には,体外受精・胚移植,胚生検および遺伝子診断の高度な技術が必要である.したがって本法の実施者および協力者には体外受精・胚移植の実績があること,胚の取扱いに習熟していること,そして高い倫理意識を持つことが要求される.さらに高い精度が要求される遺伝子診断にも十分な知識と技術を持つこと,遺伝性疾患に関する深い知識と出生前診断の豊かな経験を有していることが要求される.本法の実施者は本会の認定医であることが望ましい.

 

 (3)本法を実施する医療機関は,すでに体外受精・胚移植による分娩例を有し,かつ出生前診断に関して実績を有することを必要とする.また,遺伝子診断の技術に関する業績を有することを要する.

 (解説)

 (2)と同様に,実施機関に関しても,体外受精・胚移植,遺伝性疾患に関する出生前診断に関して,十分な実績を有していることが要求される.さらに,着床前診断に関しても,胚生検,遺伝子診断などについて動物実験を含め,十分な技術的水準の裏付けがあることを必要とする.

 

 (4)本法は重篤な遺伝性疾患に限り適用される.適応となる疾患は日本産科婦人科学会(以下本会)において申請された疾患ごとに審査される.なお,重篤な遺伝性疾患を診断する以外の目的に本法を使用してはならない.

 (解説)

 本法の対象になる疾患は,重篤かつ現在治療法が見出されていない疾患に限られる.なお,「重篤」ということに関しては,実施者や被実施者によって見解が異なる可能性があるので,本会において適応疾患を個々に審査する必要があり,申請により個々に決定するものとする.

 このような手続きを必要としたのは,1)前記の会告に示された範囲が多岐にわたること,したがって,2)適応疾患が拡大解釈される可能性があること,3)治療法の進歩により一度認定された疾患が今後永久に適応となるとは限らないこと,4)将来予想される受精卵の遺伝子スクリーニング,遺伝子操作を防止することを目的としているからである.

 本法では,受精卵の遺伝子診断のみならず染色体異常や性判定などが可能である.しかしその目的はあくまで重篤な遺伝性疾患を診断することであり,疾患遺伝子の診断を基本とする.しかし,それが困難な伴性遺伝性疾患の遺伝子病型については,性判定で対応することもやむを得ない.目的外の男女生み分けなどに使用してはならない.当然のことながら遺伝子操作は行わない.

 

 (5)本法の実施にあたっては,所定の様式に従って本会に申請し,認可を得なければならない.また,実施状況とその結果について毎年定期的に報告する義務を負う.なお,申請にあたっては,会員が所属する医療機関の倫理委員会にて許可されていることを前提とする.

 (解説)

 本会が認可を与える場合は,審査小委員会で申請事項が条件を満たしていることを慎重に審査する.また,報告の義務を課することにより,臨床研究の進捗状況を把握し,運用状況を監視し,有用性の評価のための適切な情報の収集を行う.さらに可能な範囲でその成績あるいは情報を公開する.

 本会は毎年の定期的な報告に基づいて,認可後も,実施者および実施施設が条件を満たしているか,見解が適正に遵守されているかを監視する義務を負う.もし認可条件に違反したり,見解を遵守していない場合は,認可の取り消しを含めた適切な指導を行う義務を有する.

 

 (6)本法の実施は,強い希望がありかつ夫婦間で合意が得られた場合に限り認めるものとする.本法の実施にあたっては,実施者は実施前に当該夫婦に対して,本法の概略,予想される成績,安全性,従来の出生前診断との異同などを文書にて説明の上,患者の自己決定権を尊重し,文書にて同意(インフォームドコンセント)を得,これを保管する.また被実施者夫婦およびその出生児のプライバシーを厳重に守ることとする.

 (解説)

 本法の対象となる夫婦は,本法に対し夫婦間で合意が得られ,さらに本法の実施を強く希望する夫婦に限られる.

 本法の実施者は,本法を希望する夫婦に対して,本法の概略,予想される成績(検出率,正診率,診断限界など),安全性,従来の出生前診断(羊水検査,絨毛検査,胎児鏡,胎児臍帯血検査,超音波検査など)との異同等を詳細に説明し,当該夫婦の理解と選択のために十分な情報を提供しなければならない.特に,体外受精・胚移植の実施と同程度の安全性であるが,現在のところ診断精度に関して限界があること,また臨床研究の段階にある医療技術であることの十分な説明と同意を要する.説明は文書で行い,同意も必ず文書にて取り,これを診療録とともに保管しなければならない.なお,本法施行の際の遺伝性疾患に関するカウンセリングは,十分な遺伝医学的知識と経験を持ち,カウンセリングに習熟した者が行うこととする.また,説明書および同意書は当該医療機関で個々に作成するが,その内容については申請の際の審議の項目とする.

 また本法は通常の医療以上に当事者のプライバシーに関わる部分が大きいため,医師を初めとした医療関係者が被実施者夫婦および出生児のプライバシーを厳重に守ることは当然の義務である.

   

 着床前診断の実施に関する細則

 1.申請方法

 1)着床前診断の実施を希望する施設は,下記の申請書類一式を日本産科婦人科学会会長宛に送付する.

 (1)申請書(様式1)

 (2)論文および学会発表の抄録のコピー

 (3)申請施設の倫理委員会の許可証のコピー

 (4)申請施設での夫婦に対する説明書と同意書の書式

 (5)実施責任者の履歴書

 (6)実施者の履歴書(複数の場合は全員)

 2)診断する疾患ごとに申請すること.なお,用いる診断方法をすべて記載すること.

 2.審査小委員会

 1)本小委員会は,本会理事でかつ倫理委員3名,着床前診断に豊富な知識を有する本会会員で会長が委嘱する2名の計5名をもって構成する.任期は2年とし再任は妨げない.なお,必要に応じて会長は本件の認定に有意義な意見を述べることができる専門家若干名をその都度委嘱できる.

 2)小委員長は小委員の互選により選出される.

 3)小委員会は会長の諮問あるいは必要に応じて小委員長が召集する.

 4)小委員会の職責遂行を補佐するため,小委員会には幹事若干名が陪席する.

 3.施設の認定

 1)審査小委員会は申請内容を書類にて審議し,必要に応じて調査を行う.

 2)審査小委員長は申請審議内容を倫理委員会に報告し,理事会は認定の可否を決定する.

 3)認定は疾患および診断方法について行い,申請者に通知する(様式2).

 4.実施報告義務

 1)本件に関わる報告対象期間は毎年4月1日から翌年3月31日までとする.

 2)実施施設は,前年度の報告を毎年6月末日までに個々の実施報告書(様式3),実施報告のまとめ(様式4)を倫理委員長宛に送付する.

 3)当該年度に実施例がない場合でも,実施報告のまとめは送付する.

 4)倫理委員会は報告書を審議し,その結果を理事会に報告する.

 5.会告の遵守

 1)倫理委員会は認定施設および実施者が会告を遵守しているかを検討し,違反した場合にはその旨理事会に報告する.

 2)理事会は会告に違反した施設および会員に対して本会会告の遵守に関する取り決めに従って適切な指導・処分を行う.

 6.臨床研究の評価

 1)倫理委員会は本臨床研究の有用性を当面2年ごとに再評価する.

平成11年7月5日改定