「出生前に行われる検査および診断に関する見解」の改定について
日本産科婦人科学会は昭和63年1月「先天異常の胎児診断,特に妊娠絨毛検査に関する見解」を発表し,その後,平成19年4月には胎児診断技術の進歩と社会情勢の変化に合わせ「先天異常の胎児診断,特に妊娠絨毛検査に関する見解」を廃し,新たに「出生前に行われる検査および診断に関する見解」を提示しました.しかしながら,この間,胎児診断に関しては,多岐にわたる診断技法,また診断学の進展,対象となる疾患の多様化など幅広い視点からの見直しが求められてきました.このため,これらの生殖・周産期医療における診療環境,それを取り巻く社会情勢,法的基盤,また当該医療に求められる高いレベルでの安全性,倫理性,社会性に鑑み,改めて見解を見直すとともに,改定の検討を重ねてまいりました.
今般,本学会は平成19年4月に発表された「出生前に行われる検査および診断に関する見解」をこのような視点から幅広く見直し,平成23年6月25日開催日本産科婦人科学会総会において承認されましたので,ここに改定することにいたしました.
本見解においては,新たに積み重ねられた知見,情報を「解説」として付したほか,本学会でも承認された日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」(平成23年2月)を遵守し,そこに掲げられた理念を尊重することが併せ求められています.
日本産科婦人科学会は本学会会員が診療を行うにあたり,この見解を厳重に遵守されることを要望いたします.
平成23年6月25日
公益社団法人 日本産科婦人科学会
理事長 吉村泰典
倫理委員会委員長 嘉村敏治
「出生前に行われる検査および診断に関する見解」
妊婦の管理の目標は,母体が安全に妊娠・出産を経験できることであるが,同時に児の健康の向上,あるいは児の適切な養育環境を提供することでもある.基本的な理念として出生前に行われる検査および診断はこのような目的をもって実施される.しかし医学的にも社会的および倫理的にも留意すべき多くの課題があることから,本見解において出生前に行われる検査および診断を実施する際に,留意し遵守すべき事項を示した.
1) 出生前に行われる検査および診断の概念:
妊娠中に胎児が何らかの疾患に罹患していると思われる場合や,胎児の異常は明らかでないが,何らかの理由で胎児が疾患を有する可能性が高くなっていると考えられる場合に,その正確な病態を知る目的で検査を行うことが基本的な出生前検査,診断の概念である.
2) 出生前に行われる検査および診断には,十分な専門知識を持った医師等による実施のほか適正な遺伝カウンセリング体制が必要であり,関係医療者はその知識習熟に努め,検査の実施にあたり適切な技術の向上に努めなければならない.
3) 検査の区分(確定診断を目的とする検査と非確定的な検査):
出生前診断および関連する検査には,確定診断を目的とする検査と非確定的検査(スクリーニング検査など)があり,その手法は様々である.これらを遺伝学的検査として実施する医師はその意義を理解した上で,妊婦および夫(パートナー)等にも十分な遺伝カウンセリングを行って,インフォームドコンセントを得た上で実施する.
(解説)
・確定診断を目的とする検査とは,画像診断的検査の一部も含まれることはあるが,そのほとんどは羊水穿刺,絨毛採取による染色体検査,遺伝子検査に代表される遺伝学的検査である.羊水,絨毛,臍帯血,母体血液中の胎児由来細胞や母体血清中の細胞フリー胎児DNA,その他の胎児の細胞や組織を用いて,染色体,遺伝子,酵素活性や病理組織等を調べる細胞遺伝学的,遺伝生化学的,分子遺伝学的,細胞・病理学的方法が該当する.これらの検査は胎児の細胞や組織を直接的に検査し,診断を確定させるために実施されることから,確定診断を目的とする遺伝学的検査と位置づけ,これらの詳細は項目4)に示す.
・非確定的な(いわゆるスクリーニング的)検査とは,母体血清マーカー検査と呼ばれる母体血液中の胎児または胎児付属物に由来する妊娠関連タンパク質の測定による,血液生化学的検査をはじめ,ほぼ全妊婦を対象に行われる超音波検査も該当する.日常的に行われる超音波検査はwell-beingを判断する日常的検査であるとともに,出生前診断として遺伝学的検査となりうることに十分留意しておかなくてはならない.
・遺伝学的検査(染色体検査・遺伝生化学的検査・遺伝子検査等)とは,ヒト生殖細胞系列における遺伝子変異もしくは染色体異常に関する検査,あるいはそれらに関連する検査であり,確定診断のための検査,保因者検査,発症前検査,易罹患性検査(いわゆる体質診断を含む),薬理遺伝学的検査,出生前検査,先天代謝異常症等に関する検査などを含むものである.
4) 確定診断を目的とする遺伝学的検査の実施について:
遺伝学的検査については,本学会でも承認しているところの日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」[1]を遵守して実施することが定められているが,さらに出生前診断および関連する検査については,医学的,倫理的および社会的問題を包含していることに留意し,特に以下の点に注意して実施しなければならない.
①胎児が罹患児である可能性の検査を行う意義,診断限界,母体・胎児に対する危険性,合併症,検査結果判明後の対応等について検査前によく説明し,十分な遺伝カウンセリングを行った上で,インフォームドコンセントを得て実施すること.
(解説)
・遺伝カウンセリングの場では,実施しようとする検査施行前に,当該疾患,異常の情報提供を行うとともに,胎児が罹患児である可能性がどの程度あり,検査を行うことでどこまで正確な診断ができるのか,また診断ができた場合にはどのような意義があるのか等について,その検査の限界とあわせて説明する.これらの点について,検査の実施手技を含めて,十分な遺伝医学の基礎的・臨床的知識のある専門職(例えば臨床遺伝専門医)が遺伝カウンセリングを行う.
②検体採取の実施は,十分な基礎的研修を行い,安全かつ確実な技術を習得した医師により,またはその指導のもとに行われること。
③絨毛採取,羊水穿刺など侵襲的な検査(胎児検体を用いた検査を含む),または母体血中胎児由来細胞等を用いた検査については,下記の各号に該当する場合の妊娠について,夫婦ないしカップル(以下夫婦と表記)からの希望があり,検査の意義について十分な遺伝カウンセリングによる理解の後,同意が得られた場合に行う。
1. 夫婦のいずれかが,染色体異常の保因者である場合
2. 染色体異常症に罹患した児を妊娠,分娩した既往を有する場合
3. 高齢妊娠の場合
4. 妊婦が新生児期もしくは小児期に発症する重篤なX連鎖遺伝病のヘテロ接合体の場合
5. 夫婦の両者が,新生児期もしくは小児期に発症する重篤な常染色体劣性遺伝病のヘテロ接合体の場合
6. 夫婦の一方もしくは両者が,新生児期もしくは小児期に発症する重篤な常染色体優性遺伝病のヘテロ接合体の場合
7.その他,胎児が重篤な疾患に罹患する可能性のある場合
(解説)
・出生前に行われる検査および診断は,夫婦からの希望がある場合に実施するとされているが,夫婦の希望が最終的に一致しない場合は,妊婦の希望が優先されるという意見がある.ただし,こうした状態での実施は望ましくなく,十分に話し合う機会を設けて,夫婦の理解,同意が統一されることが望ましい.
・「その他、胎児が重篤な疾患に罹患する可能性のある場合」とは,超音波検査により胎児に形態的または機能的異常が認められたことが検査を行う契機となることが多い.その場合には夫婦に何らかの遺伝学的要因がみられることもあるが実際には夫婦には明らかな遺伝学的要因をみることなく,胎児に異常が生じていることが多い.このような場合,もしくは遺伝学的要因の診断確定のために胎児の遺伝学的解析をすることもある.しかし遺伝学的検査で診断が可能な場合は限定されているので個別の事例に応じて実施を検討する.
・羊水検査:
妊娠15週以降に経腹的に行うことが原則である.妊娠15週未満に行う早期羊水穿刺や経腟的羊水穿刺は,その安全性が確認されていないことから標準的な検査方法とはいえない.
・絨毛検査:
経腹法と経腟法があり,妊娠10週以降14週までが標準的な実施時期である.また,妊娠10週未満では安全性が確認されていないことから行うべきではない[2,3].絨毛採取では約1%に染色体モザイクが検出され,そのほとんどは染色体異常が絨毛組織・胎盤に限局した胎盤限局性モザイク(confined placental mosaicism: CPM)であり,胎児の染色体は正常である.このような場合,羊水検査による胎児染色体の再確認検査が必要である[3,4].
5) 非確定的検査(いわゆるスクリーニング的検査)の実施について:
非確定的検査(いわゆるスクリーニング的検査)として行われる検査の中でも母体血清マーカー検査や超音波検査を用いたNT (nuchal translucency)測定,ソフトマーカーの同定による胎児異常のスクリーニング検査は原則として遺伝学的検査に位置付けられる.これを意図し,予定して実施する場合には,検査前に遺伝カウンセリングを十分に行い,NT等,出生前診断に関わる超音波診断に関しては,超音波医学に十分習熟した知識を有する専門職(超音波専門医等)が実施するなどして,その検査を受ける意義と結果の解釈等について理解を得られるように説明し,検査を受けた後にどのような判断が求められ,その対応,方向性を選択することになるか,またこれらの場合,引き続き確定診断を目的とする遺伝学的検査等へ進む場合には再度遺伝カウンセリングが行われた上でインフォームドコンセントを得て実施される過程を説明しておく必要がある.
(解説)
・スクリーニング検査について:
上記で述べたスクリーニング検査の結果,胎児異常の可能性が一定の基準よりも高いと推定された場合のほか,通常の妊婦健診にともなう超音波検査で,意図せず偶発的にソフトマーカー等が発見された場合にも,引き続き精査を受ける前に遺伝カウンセリングを十分に行い,結果の解釈とその意義について,理解を得られるように説明したのち確定診断を目的とする検査を実施することがある.
・妊娠初期の超音波スクリーニング検査:
超音波検査により得られる所見のうち,直接的に胎児の異常を示すわけではないが,その所見が得られた場合にはその所見に対応した胎児異常の存在する確率が上昇すると報告されている所見があり,これらはソフトマーカーと呼ばれる.これには胎児後頸部の浮腫,鼻骨低形成(欠損),腎盂軽度拡張,側脳室軽度拡張等が報告されている.諸外国ではこうした超音波検査によるソフトマーカーの一部(NT等)を母体血清マーカー検査と組み合わせて,胎児異常の確率を算出するスクリーニングプログラムも提供されている.しかし,日本人における信頼性のある基準データは現在,存在しない.なおNTに関しては日本産科婦人科学会ガイドライン産科編においてその取り扱いが述べられている[5] .
・母体血清マーカー検査:
本検査の取り扱いに関しては,従来より日本産科婦人科学会周産期委員会による報告「母体血清マーカー検査に関する見解について」[6,7]に準拠して施行されてきた.
一方これらのガイドライン等が示されてから10年以上が経過しており,妊婦や社会の母体血清マーカー検査に対する認識,遺伝カウンセリング体制の整備状況が進んでいる.米国ではACOGのガイドラインで,年齢にかかわらず,すべての妊婦に染色体異常のスクリーニング検査を提供すべきである[8],としており,英国では政府の政策としてNational Health Service: NHSがスクリーニングプログラムを全妊婦に提供している[9].我が国においては,これらの状況もふまえ,産婦人科医が妊婦に対して母体血清マーカー検査を行う場合には,適切かつ十分な遺伝カウンセリングを提供できる体制を整え,適切に情報を提供することが求められている.また,検査を受けるかどうかは妊婦本人が熟慮の上で判断・選択するものであり,検査を受けるように指示的な説明をしたり,通常の妊婦健診での血液検査と誤解するような説明をして通常の定期検査として実施するようなことがあってはならない.
・母体血清マーカー検査の結果の説明:
検査結果の説明にあたっては,単に「スクリーニング陽性,陰性」と伝えるような誤解を招きやすい説明は避け,わかりやすく具体的に説明する.本検査は通常の臨床検査とは異なりその意義や結果の解釈の理解が難しいことから,本検査に関わる医師はその内容,解釈,について十分な知識と説明ならびに遺伝カウンセリング能力を備えなければならない.
6) 画像検査(超音波検査等)で意図せずに偶然にみつかる所見について
画像検査(超音波検査等)中にソフトマーカー等の胎児異常を示唆する所見を偶然に同定する場合がある.またソフトマーカーでなく実際の胎児異常所見であっても,妊婦に告知する場合には,その意義について理解を得られるように説明し,その後に妊婦がどのような対応を選択できるかについても提示する必要がある.
7) 胎児の性別告知については出生前診断として取り扱う場合は症例ごとに慎重に判断する.
8) 法的措置の場合を除き,出生前親子鑑定など医療目的ではない遺伝子解析・検査のために,羊水穿刺など侵襲的医療行為を行わない.
9)着床前診断に関しては別途日本産科婦人科学会見解で定めるところにより実施されるものとする[10].
10) 日本産科婦人科学会の会告はもちろん,遺伝学的検査に関する法令,国の諸規定や学会等のガイドラインを遵守すること.
(解説)
遺伝学的検査の適切な実施については,厚生労働省の「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」[11]の中に,「遺伝情報を診療に活用する場合の取扱い」の項目があり,遺伝医学関連学会による「遺伝学的検査に関するガイドライン」(2011年2月,日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」[1]に改定)とともに遵守すること.またこれらが改定された場合には,本見解もその趣旨に沿って改定を行うものとする.
[1]日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」[1]
http://jams.med.or.jp/guideline/genetics-diagnosis.html(2011年2月)
[2]Alfirevic Z, Mujezinovic F, Sundberg K. Amniocentesis and chorionic villus sampling for prenatal diagnosis (Review), Cochrane review, Issue 2, 2009
[3]Monni G, Ibba RM, Zoppi MA. Prenatal genetic diagnosis through chorionic villus sampling, In Genetic disorders and the fetus, diagnosis, prevention and treatment (6th edn), Milunsky A, Milunsky J (ed.), Wiley-Blackwell, West Sussex, UK, pp161-193, 2010
[4]Invasive prenatal testing for aneuploidy. ACOG Practice Bulletin number 88, American College of Obstetrics and Gynecology, 2007
[5]CQ106, NT(nuchal translucency)肥厚が認められたときの対応は?, 37-41 産婦人科診療ガイドライン産科編2011
[6]「母体血清マーカー検査に関する見解について」1999年5月【寺尾俊彦・周産期委員会報告. 日本産科婦人科学会雑誌 51: 823-826, 1999にて誌上通知】
[7]「母体血清マーカー検査に関する見解」厚生科学審議会先端医療技術評価部会・出生前診断に関する専門委員会. 1999(平成11)年6月23日
[8]Screening for fetal chromosome abnormalities. ACOG Practice Bulletin number 77, American College of Obstetrics and Gynecology, 2007
[9]NHS Fetal Anomaly Screening Programme.
http://fetalanomaly.screening.nhs.uk/
[10]「習慣流産に対する着床前診断に関する見解」と「習慣流産に対する着床前診断に関する見解に対する考え方(解説)」.日本産科婦人科学会. 2010(平成20)年6月 改定
[11]医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン.厚生労働省.平成18年4月21日改正
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/seisaku/kojin/dl/170805-11a.pdf