16APR2003

会 告


学会会員殿

本会倫理委員会は、代理懐胎に関して平成13年より慎重な協議を重ねてまいりました。本会会員および各界の意見を十分に聴取しました結果、本見解をまとめ理事会に答申致しました。理事会(臨時理事会、平成15年4月12日)はこれを承認し、さらに第55回日本産科婦人科学会総会(平成15年4月12日)においても承認されましたので、会告として会員にお知らせします。なお、本見解は日本産婦人科医会、日本泌尿器科学会よりその主旨、内容に関する了解を得ております。

平成15年4月

社団法人 日本産科婦人科学会
会 長 野 澤 志 朗

代理懐胎に関する見解

1. 代理懐胎について
代理懐胎として現在わが国で考えられる態様としては,子を望む不妊夫婦の受精卵を妻以外の女性の子宮に移植する場合(いわゆるホストマザー)と依頼者夫婦の夫の精子を妻以外の女性に人工授精する場合(いわゆるサロゲイトマザー)とがある.前者が後者に比べ社会的許容度が高いことを示す調査は存在するが,両者とも倫理的・法律的・社会的・医学的な多くの問題をはらむ点で共通している.
2. 代理懐胎の是非について
代理懐胎の実施は認められない.対価の授受の有無を問わず,本会会員が代理懐胎を望むもののために生殖補助医療を実施したり,その実施に関与してはならない.また代理懐胎の斡旋を行ってはならない.
理由は以下の通りである.
1) 生まれてくる子の福祉を最優先するべきである
2) 代理懐胎は身体的危険性・精神的負担を伴う
3) 家族関係を複雑にする
4) 代理懐胎契約は倫理的に社会全体が許容していると認められない

代理懐胎に関する見解とこれに対する考え方

1)生まれてくる子の福祉を最優先するべきである
[解説]
 児童の権利に関する条約(1989年国連総会採択,注1)は,児童はあらゆる目的のための又はあらゆる形態の売買又は取引の対象とされてはならないと定めている(第35条).代理懐胎においては,依頼されて妊娠し子を産んだ代理母が,出産後に子を依頼者に引き渡すことになる.このこと自体,妊娠と出産により育まれる母と子の絆を無視するものであり子の福祉に反する.とくに,出産した女性が子の引渡しを拒否したり,また,子が依頼者の期待と異なっていた場合には依頼者が引き取らないなど,当事者が約束を守らないおそれも出てくる.そうなれば子の生活環境が著しく不安定になるだけでなく,子の精神発達過程において自己受容やアイデンティティーの確立が困難となり,本人に深い苦悩をもたらすであろう.
 
2)代理懐胎は身体的危険性・精神的負担を伴う
[解説]
 代理懐胎は,妊娠・出産にともなう身体的・精神的負担を第三者たる女性に引き受けさせるものであって,人間の尊厳を危うくするものである.たとえ代理懐胎契約が十分な説明と同意に基づいたとしても,代理母が予期しなかった心理的葛藤,挫折感などをもたらしかねない.これらの観点からみれば代理懐胎は不妊治療の範囲を越えるものであり認め難い.
3)家族関係を複雑にする
[解説]
 妊娠・出産した女性が子の母であることは世界的に広く認められ,わが国においても最高裁判決(昭37・4・27民集16巻7号1247頁)によってそのように認められており,さらに遠くない将来,その旨の明文規定が置かれるものと思われる.そうなると代理懐胎契約は家族関係を複雑にし,社会秩序に無用な摩擦や混乱をもたらす.
4)代理懐胎契約は倫理的に社会全体が許容していると認められない
[解説]
 代理懐胎契約は,有償であれば母体の商品化,児童の売買又は取引を認めることに通じ,無償であっても代理母を心理的に,又は身体的に隷属状態に置くなどの理由により,公序良俗(民法90条)に反するという見解が有力である(注2).代理懐胎契約が認められるためには,これらの理由に論拠がないことが示され,さらに,倫理的観点から社会全体の許容度が高まらなければならないが,現状ではこれらの条件は整っていない.
 また,現在の状態のまま放置されれば営利を目的として代理懐胎の斡旋をする者又は機関が出現し,経済的に弱い立場にある女性を搾取の対象とし,ひいては実質的に児童の売買といえる事態が生じかねないので代理懐胎の斡旋についても禁止する.

(注1)
Article 35第35条
 States Parties shall take all appropriate national, bilateral and multilateral measures to prevent the abduction of, the sale of or traffic in children for any purpose or in any form.
 締約国は,あらゆる目的のための又はあらゆる形態の児童の誘拐,売買又は取引を防止するためのすべての適当な国内,二国間及び多数国間の措置をとる.
(注2)
1. 二宮周平・榊原富士子『21世紀親子法へ』20頁(有斐閣,1996)
2. 金城清子『生命誕生をめぐるバイオエシックス―生命倫理と法』166頁(日本評論社,1998)
3. 大村敦志『家族法』211頁(有斐閣,1999)
4. 菅野耕毅「代理出産契約の効力と公序良俗」(東海林邦彦編『生殖医療における人格権をめぐる法的諸問題』(1994)115頁 )

付帯事項

1) 本会倫理規範の自主的遵守の重要性
 本会はこの代理懐胎が依頼主の夫婦間にとどまらず,生まれてくる子,代理母ならびにその家族のみならず社会全体にとって倫理的・法律的・医学的な種々の問題を内包している点を会員各位が認識し,法的規制の議論にかかわらず,会員各位が高い倫理観を持ち,専門家職能集団としての本会倫理規範を遵守することを強く要望する.
2) 将来の検討課題
 代理懐胎の実施は認められない。ただし、代理懐胎が唯一の挙児の方法である場合には、一定の条件下(例えば第三者機関による審査、親子関係を規定する法整備など)において、代理懐胎の実施を認めるべきとする意見も一部にあり、また、将来には、社会通念の変化により許容度が高まることも考えられる。
 代理懐胎を容認する方向で社会的合意が得られる状況となった場合は、医学的見地から代理懐胎を絶対禁止とするには忍びないと思われるごく例外的な場合について,本会は必要に応じて再検討を行う.
 再検討の場合にも,代理懐胎がわが国で永年築かれてきた親子・家族の社会通念を逸脱する可能性が高いという認識に立ち,生まれてくる子の福祉が守られるよう十分な配慮が払われなければならない.
 また,その際には限定的に認許するための審査機構を含め種々の整備が必要であることはいうまでもない.


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