日本産科婦人科学会について
ご挨拶
平成23年6月25日
日本産科婦人科学会の新たな発展を目指して
公益社団法人日本産科婦人科学会
理事長 小西 郁生
日本産科婦人科学会はわが国における産科婦人科学の発展と産婦人科医療の向上に責任を負う学会として活発に学術活動および社会的活動を進めて参りましたが,さらに本年4月から公益社団法人となり,国民福祉のために果たすべき役割がますます重大なものとなっております.そのような中で,初代武谷雄二理事長,第二代吉村泰典理事長の後を引き継ぎ,この度,理事長に就任いたしました.今後,本会の新たな発展に向けて全力を尽くしたいと存じますので,どうぞよろしくお願い申し上げます.
はじめに,第二代吉村理事長が指導されましたこの4年間を振り返ってみたいと思います.平成16年度に開始されました新医師臨床研修制度はわが国の医療体制に甚大な影響を及ぼし,とりわけ産婦人科医療は重大な危機に直面しました.「わが町に産婦人科医がいなくなった」「市内にお産ができる施設がなくなった」というニュースが相次ぎ,また福島県大野病院事件が医療界全体に大きな衝撃を与え,さらに重症妊婦さんの救急受入施設がみつからない事態も報道されました.そして医学部卒業後2年間のローテート研修を終えて産婦人科を専攻する若手医師は,新制度以前の約370名から約330名へと減少し,また勤務医が疲労困憊し基幹病院から離脱せざるを得ない現象もみられ始めました.本会執行部は「このままではわが国の産婦人科が崩壊する」との危機感を共有し,吉村理事長が中心となって会員の英知を結集し,次々と対策を打ち出しました.また本会の全会員が一致団結して,この難局にあたって参りました.
まず国民に対しては,産科医療は元来リスクが高く集約化の流れが必須であることを周知徹底し,メディアも含めて多くの方々の理解が得られるまでになってきました.本会の産婦人科医療提供体制検討委員会(現,医療改革委員会)を中心に,産婦人科医の待遇改善に向けた努力を行い,同時にハイリスク分娩管理加算等の社会保険上の裏付けも得て参りました.さらに女性医師が医療活動を継続できるシステム確立を目指して男女共同参画委員会が活動を続けております.また若手産婦人科医の確保を目指して,若手育成委員会がリクルート活動を大きく展開し,リクルートDVD作成やサマースクール開講を実施し,教育および渉外委員会は若手医師のキャリア形成に向けた海外派遣,学術集会若手企画,スプリングフォーラム開催などを行ってきました.一方,わが国の産婦人科医療の質向上を目指して,毎年の学術集会プログラムに加えて,学術委員会および中央専門医制度委員会が「診療ガイドライン」整備や専門医制度改革を推し進め,また産科婦人科学研究の促進を目的として学術奨励賞に加えて優秀論文賞を新たに設けております.また子宮頸がんの予防に関する啓発活動および厚労省への公的支援要請も行ってきました.
このように本会が学術活動および社会的活動を全面的に展開することにより,若手医師の参入も年400名を超えるまで回復し,わが国の産婦人科医療崩壊の危機が回避され,産婦人科医学・医療の新たな発展をようやく展望できる時代となったのであります.わが国の産婦人科の歴史の中で最も重大な岐路というべきこの4年間を指導されました吉村理事長,本会執行部,そして会員のみなさまに心から敬意を表したいと存じます.しかしながら,産婦人科医師数の増加はいまだ全国津々浦々までは行きわたっておらず,各地方は相変わらず深刻な医師不足で悩んでおり,また女性医師の勤務継続対策についてもいまだ端緒についたところであります.したがいまして,今後も,産婦人科医の待遇改善や女性医師問題の解決を計りつつ,リクルート活動をさらに活発化させることで産婦人科医師数を飛躍的に増加させることが当面の最も大きな課題であるといえます.
そのような中で本年3月11日に東日本大震災が起こり,産婦人科医療も大打撃を受けました.被災された皆様に心からお見舞いを申し上げたいと存じます.放射能汚染の問題も非常に深刻ですが,これも含めて産婦人科としての震災対策・復興も本会が担当すべき重要な課題となりました.本会は震災直後から対策本部を立ち上げ,被災地への医療物資の緊急輸送を行うとともに,全国の大学の協力を得て医師派遣をただちに開始し,被災地の産婦人科医療を支援してきております.このような人的・物的支援を学会主導で行う例は他にほとんどなく,まさしく公益社団法人としての役割を果たせたものと思います.また国民の放射能汚染への不安が広がるなかで,周産期委員会のご尽力により妊婦・授乳婦に対する見解を迅速に公表してきました.私自身,わが国の産婦人科医療は震災を抜きにしては語れない,震災からの復興が成し遂げられることが大前提であると考え,新たに「震災対策・復興委員会」を立ち上げ,恒常的な活動を行っていくこととしました.
さて,産婦人科医師の数をさらに増やす展望について述べたいと思います.まず基本的に,産科婦人科学そのものが学問として非常に興味深い存在であり,尽きない魅力をもち,それを具現する産婦人科医療もまたきわめてダイナミックでやりがいのある仕事であることです.近年の医学・医療の歴史の中では新たに勃興するがやがて衰退する運命の分野も認められますが,私たちの産婦人科はそうではありません.約500万年前に四つ足歩行をしていたサルが二本足で立ち上がってヒトとして進化を始めたことにより,骨盤形態の著しい変化を生み,未熟児出産,回旋異常,難産,早産,妊娠高血圧,子宮頸がん,避妊,不妊,閉経など,美しくも激しく変化する女性の生涯,ヒトに特異な妊娠と分娩様式,および多彩な産婦人科疾患を生じてきました.ヒトの進化そのものが産婦人科医学・医療の発展とカップリングして現代にいたっております.産婦人科医学・医療はヒトの進化の必然であり,ここに女性医学としてトータルに捉える大きな意義があると思います.
さらに近年では産科婦人科学がさらに大きく4つのサブスペシャリティ分野に専門分化し,一人ひとりの産婦人科医はジェネラルでありつつ高い専門性をも有するようになったことであります.周産期医学はヒトの大切な出発点である分娩を取り扱い,すべて赤ちゃんに最も良い状態で出発をさせてあげたいとの願いに基づきますが,現在,胎児医学の著しい進歩を医療に生かしていく時代に突入しています.婦人科腫瘍学は新たな癌治療開発がきわめて活発で,患者さんのQOL向上を目指す新医療機器を駆使した治療法が登場するとともに,がん細胞の増殖・転移に関わるシグナルを標的とする新治療法開発が進み,臨床応用までの期間がきわめて短縮されてきております.生殖医学・医療の発展にはめざましいものがあり,不妊に悩む多くのカップルの大きな福音となっています.さらに女性の一生における各フェーズでのヘルスケアを担当する分野もますます重要となってきました.このように産婦人科医学・医療は,医学生が,将来大きなやりがいと誇りをもって進んでいくことができるきわめて魅力ある世界であります.私たち会員一人ひとりが産婦人科医としての誇りを改めて自覚し,医学生やローテート研修医に強くアピールしなければなりません.
わが国の各地域で若手産婦人科医を増やし,その質の向上とキャリア形成を進めていくためには,生涯教育システムの再構築を行っていく必要があり,ここでは各地方の大学病院が中心的な役割を果たしていかねばなりません.新医師臨床研修制度の導入で大学病院は大きな打撃を受けましたが,今こそ,その底力を発揮して飛躍する時代に入ってきました.各診療科の専門研修(専攻医研修)においては,専攻医が複数の施設で臨床研修を行うことの重要性が再認識され,特に大学病院と地域基幹病院が協力しつつレベルの高い一貫した研修プログラムを整備していくことが強く求められています.また産婦人科医一人ひとりがさらに大きく成長・発展するには,研究に従事する期間をもつかどうかもきわめて重要です.わが国の良質の医療を支えてきた大きな要因の一つは,米国とは異なり,MD自身が基礎的研究に従事する機会に恵まれていたことにあり,その経験が人間性を磨き,科学的バックグラウンドを深く広いものにし,ひいては患者さんに対するより良いケアへと発展していました.このように,わが国における医学・医療の発展と個々の若手医師の成長には,各大学病院が診療,教育,および研究における魅力を存分に発揮し,生涯教育システムの中心となることが今後さらに大切になってまいります.
さらに,女性医師が勤務を継続できるシステムの確立は喫緊の課題です.各病院の保育所整備については,この間,ある程度の前進があったように思われます.しかし,子弟が小学校に進学する段階で新たな問題が生じ,ここで常勤医としての勤務をあきらめる女性医師も多いように見受けられます.わが国固有の家庭のあり方文化には非常に根強いものがあり女性医師の継続勤務を障害しており,個別状況での粘り強い努力が必要です.本会としては,まずはシステム確立のために手をつけられるところから着手し,具体的な成果を是非出して行きたいと思います.そのためには状況解析と対策立案,そして厚生労働省や文部科学省への支援要請が今後ますます必要になると感じております.
日本産科婦人科学会は,国民の生命と健康を守り発展させるため諸問題に迅速かつ適切に対応して参りました.今後も公益社団法人の名に恥じないよう,さらに旺盛に学術活動および社会的活動を進めていかねばなりません.本会の発展には先輩諸先生方のご指導,そして若手の諸君の奮闘がどうしても必要です.なにとぞよろしくお願いいたします.